第一夜


王宮では今宵より三日三晩も宴が続く。
国中に招待状がばらまかれ、貴族諸侯は皆々着飾って王宮を訪れる。
中でも特に丁重な招きを受けたのは、年頃と思しき美しい娘たちであった。
先日・次代の王位継承者として指名を受けたばかりの第一王子には、いまだ妃の候補が挙がっていない。
未来の国王の妻として相応しい娘を見出すというのがこの三日間の宴の目的なのである。
「……気持ちはわかるがあの女ども、ぎらぎらして目が痛いったらありゃしねぇ」
「香水がここまで立ちこめてきてるんじゃないか、頭痛までしてきた」
次々と来賓が到着するさまを、王宮の一室から眺めおろす数人があった。
第一王子と年齢が近しかったため、幼い頃より学友・側近として召し抱えられてきた青年達である。
此度の宴の目的は表立って語られてはいないが、国王夫妻及び王族関係者たちに王子の友人知人はもちろん、
招きを受けた貴族諸侯も重々承知であった。
“うまく運べば王太子妃に、ゆくゆくは王妃に、そして国母に”
招きを受けた娘達はそのような目論見を余計な肉と一緒にコルセットの中へ詰め込むと、
けばけばしく己を飾り立て・香水の雨を浴び、鼻高々ととり澄まして王宮へ参内したのである。
「あーあ恐ぇの、夜の暗い中なのに化粧で顔が真っ白! 幽霊みたいに浮いて見える」
「うーんそのたとえ間違ってないけど言わないほうがよかったのと違う……?」
見蕩れる、というのとはまったく別の意味で、彼らは来賓達から目を離せずにいた。
どこの大臣の娘であったか、脂ぎった顔にこてこてと白粉を塗り込めたその顔が王宮の窓をふと見上げた。
娘はたちまちのうちに彼らの覗き見しているのを見つけると、
思わせぶりに身をくねって見せてから鳥肌の立つようなウインクを飛ばして寄越した。
瞬間、皆が震えて窓辺から飛び退いた。
「うぉぉ恐いもの見た……!」
「身分だけならあの女だって歴とした婚約者候補だぞ……
 正直・あんなのと同じベッドで寝ろと言われたら私はどうしていいかわからない」
「王子サマも楽じゃないんだなあ」
王子には同情を禁じ得ない彼らだが、他人事は他人事である。
気の毒がってため息をついては苦く笑いさざめく、そんなことがもう数度は繰り返されていた。
しかし、此度の宴は彼らを含めた貴族の子息たちにとっても、添い遂げる伴侶を見つけるまたとない機会である。
親から寄せられる期待という名の圧力も、代々続いてきた名門という家柄も、
彼らはその両肩に凄まじく重く感じ取っていた。
本音を言えば、己らの結婚などまだ先の話としか彼らは思っていない。
しかしいつかはいつかやってくる。
窓から見下ろしていた白い顔の娘達の中に、己が選んで手を取るものがあったのかもしれない。
あまり望ましいことには思われなくて、彼らはつとめてそのことについて考えるのを避けていた。
「そもそもはあのバカ王子がなにもかもを面倒くさいの一言で後回しにし続けてきたためだ。
 そのつけがいままわってきたということだな」
「いつまでも独り身でいるわけにもいかん……、王族に生まれてしまった以上は致し方ないことだ」
宴のための身支度で拘束され放しの王子を思っては彼らは我がことのように肩を落とす。
「女の子たちもさぁ……そんなに王妃になりたいかなー? みんな必死になっちゃってさ」
「王妃の地位を逃しても、俺たちのようなのをつかまえられるかもしれないと望みをかけているんだろう。
 その意味では俺たちも充分射程距離内に数えられているはずだ」
そう言ってどこか遠くを見るような目をするのは文次郎である。
このところ、悪友達のあいだで文次郎は、
人の好いことで知られ慕われているある公爵の妻女に心奪われているらしい、と噂されていた。
政略的な意図のもと取り決められた婚姻であったため、
公爵とその夫人とは親子どころか祖父と孫娘というほどに年が離れているのだが、
公爵はその通り・父か祖父かといった様子で夫人を可愛がり、夫婦仲は睦まじいと評判である。
彼らと同い年の夫人はまだまだ初々しく愛らしい面差しで、
そのまばゆさたるや・色恋沙汰に無関心な様子を貫いてきた文次郎を惹きつけるに充分すぎるほどであったらしい。
常ならば格好のからかいのねたになった話題であろうが、
時折まるで思いつめたような表情すら見せる文次郎を前にすると誰も口を閉ざさずにはいられなくなってしまう。
叶わないとわかりきっている恋をどうすることもできずに苦悶する、
その痛みを他の彼らはまだ己がこととしては知らなかった。
ごまかすように、伊作がまあまあ、とやわらかい口調で場を濁した。
「可愛い子も優しい子もたくさんいるものだよ、
 誰もが王子に、まああぶれたとしても僕らや他の貴族の坊ちゃん方に選ばれることを望んでいるんだもの、
 僕らは断られる心配が少なくて済むんだし、考えようによっては恵まれているんじゃないかな?
 ほらほら迎えが来たよ、広間へ行かないと」
誰もが面倒くさそうに腰を上げる。
回廊状の廊下に幾重にも取り巻かれた大広間には、すでに大勢の来客が集められていた。
遠くその喧噪を聞いて、一同の最後尾を歩いていた留三郎が、ぴたと立ち止まる。
「留? どうしたの」
伊作が振り返った。
「ん……俺、さぼることにするわ」
「さぼるって、」
「自分の女くらい自分で選ぶ、そのうちな」
「国中の女の子が集まってるんだから、いつか君が選ぶ子だって今日この城のどこかにいるはずだろうに」
「そうかもしれないけど」
城じゅうに立ちこめる、恋せよ、という空気が留三郎にはつらく感じられ、居たたまれなくてならなかった。
「ちょっと頭冷やしてくるわ。庭でもひと巡りしてくるさ」
「勝手なんだから」
子どものするように頬を脹らます伊作に苦笑し、留三郎は回廊を突っ切って外庭へと向かった。
宵闇のとばりを抜け、木々の生い茂る庭へ出ると、夜の冷たい空気がひや、と彼の肌を撫でた。
広間の喧噪もこのような外れまではほとんど届かず、木がざわめけばそれに掻き消されてしまう。
シャンデリアのまばゆい光も、ぼんやりとおぼろげに迷い来て木々の葉を照らすだけである。
やっと落ち着いて、留三郎ははあ、と息をついた。
狭い外庭をぐるりと回り、大きな噴水の据えられた広い中庭に出る。
さああ、と囁くように響く静かな水音が、ささくれ立っていたような彼の内心をじょじょに落ち着けてくれた。
昔からなにか嫌なことがあって──いたずらが見つかっただとか、家庭教師に叱られただとか──
逃げる先といえばこの中庭であった。
四阿とばらの茂み、珍しい南国の背の高い木々。
噴水の周りは皆々の憩いの場で、このような面倒を何も気にせずにいられた幼い頃、
王子と友人たち、取り巻いていた大人達……大勢が集まって戯れたものだった。
時間は待ってはくれない、刻々と移り変わり・人もまた流されて変わってゆく。
いつの間にか己らには地位の継承と財産相続の問題がまとわりつき、
その問題に関わってもそうでなくても・友人たちともずっとひとかたまりで遊んではいられなくなってしまった。
周囲からは早く伴侶となる姫を見つけてくるようにとせっつかれ、
それが面倒でならなくて彼は多くの人に対して逃げの姿勢をとるくせを身につけた。
逃げて逃げて、それでも逃げ切れるものではないと頭のどこかではちゃんと承知している。
それでもいまはまだそんなことを考えてなどいられないと、彼は何人もの人を相手に踵を返してきたのだ。
さすがに今日から続く三日間の宴から逃れることはかなわなかったが、
最後の最後では結局・広間から離れて誰ひとりもいない中庭へやって来てしまった。
しかし、こんなことをいつまでも続けているわけにはいかない。
成長するとは、大人になるとは、そういうことなのだ。
最初にその疑問を抱いたとき、他でもない国王陛下ご自身がそう仰って切なげに笑ったことを、
彼はぼんやりと思い返した。
四阿の石造りの長椅子に腰掛けて、薄暗い庭を見渡してみる。
いつまでもそうしてはいられないとわかっていたが、彼は何を考えるでもなく、ぼうっと視線を噴水の水へ投げかけた。
いつまでもそうしてはいられない。
少年はいつか成長して青年になる。
愉快な遊びも日が暮れればお開きになる。
王子は王になり、王子の友人は王の部下となるだろう。
わかっているのだ。
ふと、
噴水の水の向こうに、誰かの影が揺らめいたのが見えた。
誰かが己と同じように広間から逃げて来たのかもしれないと、留三郎はそちらへ視線を巡らせた。
相手が気づいていないのをいいことに、こっそりとその人物を覗き見る。
ほっそりとしたドレスのシルエットをみとめて、留三郎はますます興味深くそちらを見やった。
いつの間にか息すら押し殺し、様子をうかがう。
女とは意外である。
招かれた姫君たちは皆、王子や貴族の子息たちの気に入られたいがため、広間を離れるはずなどないと思っていたのだ。
留三郎はじっと黙ったまま、回廊の柱の横に立ち尽くしたままのその娘を見つめた。
噴水の水のかげになって、その顔はよく見えない。
ちらちらと覗き見えるドレスの色が、ふうわりとやわらかな白であることだけがわかる。
留三郎は少し奇妙な心もちで首を傾げる。
なにやら、先程見下ろしていた娘達とは雰囲気が違う。
けばけばしく飾り立てたところの見受けられない姿は凛として見えて、
ほかの娘達のあいだに混じっていれば埋もれてしまうだろう地味な装いではあるのだが、
それがかえってすがすがしく映る。
留三郎はいつの間にか、身を乗り出すようにしてその娘の佇まいに見入っていた。
派手な宝石をじゃらじゃらとつけているわけでもない。
やや広く開いたドレスの襟元を幾重かに巻かれた真珠のネックレスが飾り、
上品な細工の耳飾りが髪のあいだに揺れている。
白を基調とした装いに対し、濡れたような黒髪と黒い瞳とが際だって見える。
やわらかく結い上げられた髪を飾るのは、瑞々しくひらいたばかりの白薔薇である。
隙なく調和したその装いに、留三郎は感嘆の息をもらした。
娘はあとにしてきた広間の喧噪には未練な様子などチラとも見せず、
しばらく木々を眺め渡してから噴水に目を留め、す、と中庭へ続く大理石の階段を一段降りた。
歩を踏み出すときにドレスの裾を摘む仕草も実に優雅で、
こんなにも立ち居振る舞いの美しさに目を奪われることのあったものだろうかと留三郎は息を呑む。
ドレスの裾からのぞいた爪先は、見たことのない風変わりな靴を履いていた。
つやがあり、きらきらと光をはじく透明な材質──あれは、ガラスか?
留三郎は目を疑って思わずぱちぱちと瞬いた。
噴水のそばへやって来て、その中央に据えられた水瓶を持つ女神の彫像を見上げ、
彼女は思いがけず大袈裟な様子で、は、と息をついた。
それがあまりにも雄弁に、ああ、人混みは疲れるわ、とでも言いたげなふるまいだったので、
留三郎は笑うのをこらえられずぐっと吹き出してしまった。
娘はそれで、留三郎の存在に気がついた。
初めてまっすぐに視線が絡んで、留三郎は一瞬遅れてはっと身をこわばらせる。
「……驚いた……、どなたかそこへいらっしゃるの」
「あ、……え、と、……」
しどろもどろ、返事と呼べるだけの言葉を発することもできず、留三郎は気まずそうに立ち上がった。
「脅かすつもりは……」
「ええ、構いません……あなたも人の多さに酔ってしまわれたの?」
表情が充分みとめられるほど近くに、わずかながら明るいところに留三郎がやってきても、
娘はそれが王子の友人として知られる食満留三郎だとは気づかなかった。
どうやら俺を知らないのか、と留三郎は内心でおかしく思う。
国中から人が集められているのだから、
なかには貴族の子息どころか王子自身の顔すら見たことがないというものもいるに違いなかった。
知った途端に留三郎は肩が軽くなるのを感じた。
ここでは、この娘とは、己を取りまくすべての面倒事を忘れて向き合っていることができる。
この娘はとりあえずいまのうちは、留三郎に媚びて・追いかけてくることはしないはずだ。
「……人混み、苦手なのか」
「ええ、こんなにも大勢が集まっているとは思わなかったものだから」
娘はクス、と小さく笑いを漏らした。
上目遣い気味に見上げられて、留三郎はまごつく。
これまでは友人たちと暴れ遊び回ることにばかり夢中で、
美しい姫君とふたりきりで話すなどという機会は皆無に等しかったのである。
美しい、そう、目の前の娘は確かに神々しいほどに美しかった。
余計な装飾のない装いが、そうしてまとう白が、その美しさをこれ以上ないというほど引き立てていた。
心臓が急にどくどくと速度を増して脈打ち始めたのに知らぬ振りをしながら、留三郎は緊張気味にまた口を開く。
「……広間には戻らなくていいのか?」
「なぜ?」
「いや、だって……」
うまく運べば王太子妃、ゆくゆくは王妃……誰もがそう思ってやってきたというのに。
とはいえ、その中心人物のひとりに数えられるはずの留三郎も広間にはおらず、また・戻る気もないのだが。
留三郎の言いたいことを察したのか、娘はまた肩をすくめてクス、と笑う。
「……王宮を覗いてみたかっただけなの、普段なら足を踏み入れるなんてかなわない場所なのですもの」
「……そんだけ?」
「ええ、それだけ」
呆気にとられ、留三郎はたっぷり数秒ほどはぽかんと娘を不躾なほどに見つめてしまった。
「……じゃ、……王子の婚約者にとかは……」
「あんなに大勢の姫君がいらっしゃるのだもの、誰かが選ばれるわ」
「……自分は?」
「私?」
彼女は不思議そうに瞬いた。
数瞬遅れて、彼女は花の咲き誇るような笑みを浮かべた。
「考えたことがなかったわ」
その笑みを見た瞬間、その言葉を聞いた瞬間、留三郎は息ができず──心臓が止まったかと思った。
彼女は留三郎のそんな様子にも気づくことなく楽しげに踵を返し、
噴水の周りを散策でもするような歩調で巡り始める。
どうすることもできなくて、留三郎は黙ってそのあとを追った。
月明かりが淡く娘の姿を照らす。
まるで手の届かない存在であるかのように、浮かび上がるその姿は幻のようだった。
そのままかき消えてしまうのではないかと、あるはずのないことを本気で心配して、
彼は思わず娘に駆け寄るとその手を引いた。
瞬間、彼女が驚いて身を固くしたのに気づき、留三郎は慌ててその手を離してしまった。
「……なにか?」
「……あ、わ、悪い……」
先程からろくな受け答えのできていない己に留三郎はがっかりしつつ、
すっかり気まずくなった空気をかき混ぜてしまえとばかり、焦った声で言った。
「……あの、名前、教えて、くれないか」
「……ご自分から名乗るのが礼なのではないかしら?」
留三郎はぐっと言葉に詰まってしまった。
名乗ってしまえば、さすがにこの娘にも留三郎の素性が知れてしまう可能性が高い。
そうしていまの遠慮のない態度と口調とが、この娘から失われてしまうのが留三郎は嫌だった。
何も言えず苦しげに黙り込んでしまった留三郎を、娘はしばらくじっと見つめていたが、
やがて静かな声で、囁く。

「え、」
よ」
驚き・立ちこめていた霧がいきなり失せたような晴々とした思いで、留三郎は娘を──を見やった。
、……」
「そう」
どこかの貴族の娘なのか、彼女自身にこれまでに会ったことがあったか、
そんなことに思いを馳せている暇はなかった。
初めて彼女から己に与えられたものがあることが、彼には思いがけないほど嬉しく思われた。
留三郎がなにやら緊張気味に口を閉ざしたままでいることには訝しげな視線を寄越していたが、
やがて時計塔の時計が零時を示そうとしていることに気がついてあら、と声をあげた。
「もう零時だわ、お暇しなくては」
「え……でも、まだ」
宴は朝まで続く。
は微塵も惜しむ様子を見せず、首を横に振る。
「私をここへ送ってくださった方と、そうお約束したの。
 王宮の中も拝見できたし、充分──これで満足したわ」
あっさりと離れていこうとするを引きとめるすべを、留三郎は持っていなかった。
焦り慌てて、またその手を掴む。
は今度は少し不審そうな目を彼に向けた。
ああ、誤解されたくはないというのに。
留三郎は必死で内心を落ち着けて、震えそうになる声を無理矢理なだめて、問うた。
「……明日は……また、来るか……?」
は目を伏せ、少し考え込むような仕草を見せる。
どうやら目的だけ達成できれば本当に未練がないといった様子である。
「……おばあさまが許してくださればね」
「おば……?」
「魔法使いのようなかたがいらっしゃるのよ」
はいたずらっぽく笑った。
「本当なら、王宮へ出入りを許されるような身分では私はないの。
 このような機会だからと世話をしてくださったそのかたがいらしたから、
 私は日々遠く眺めていた夢のようなお城の中に踏み入ることができたの」
留三郎は言葉もなく、の言うのに聞き入った。
「……けれど、夢は夢のままであったほうが美しかったかもしれないわ。
 このような無駄と贅沢がなければ、下層の民の生活がどれほど潤うか知れないのだもの。
 先日王太子殿下が次期国王に指名されたばかりだけれど」
どうやら平民の身分らしい娘の口からこうも政治の話題が出たことに留三郎は内心呆気にとられていた。
は留三郎の反応の堅さに不思議そうに目を眇めたが、そこには触れずに話題を続けた。
「どうか殿下には賢明な政治をしていただきたいわ。
 それが、下層に近いところに生きるものの望み」
王太子妃にだなんて現実離れしたことを考えてなんていないわと、は薄く笑う。
熱を帯びた緊張が急に冷えて、留三郎は唐突に現実へと引き戻された。
これが、己らにかかる、期待と──責任なのだ。
きっと、広間に集まっている娘達の多くからは学べなかったこと。
友人たちと遊び回っているばかりでは、見えてこなかったもの。
「だから、もう来るつもりはなかったの、けれど」
けれど、という言葉に、留三郎は目を上げた。
ふたたび、今度は至近距離で、視線がまっすぐに絡む。
「せっかくお知り合いになれたのですものね……お名前は存じ上げませんけれど。
 またお相手をしてくださると仰るなら、喜んで……でも、おばあさまがお許しくださったら、ですけれど」
「……待ってる」
はおかしそうに笑った。
「あなたも、不思議なかたね。
 どうせならあちらにいらっしゃる姫君のどなたかのお相手をして差し上げたほうがよろしいのでしょうに」
「……いいんだ。興味、ない」
「変わったかた」
「そっちこそ」
二人は目を見合わせて、ふ、と笑い合った。
「もっと、話を聞きたい……俺もいずれこの国の政治に関わることになる。
 ……勉強になりそうだ」
「話を聞くばかりよりも、城下へお越しになったらよろしいわ。
 きっと驚かれるわ……貧しくてもとても活発ですもの、町は」
「うん、……いつか」
は苦笑いを浮かべた。
「察するにあなたは、王太子殿下にお近いお立場でいらっしゃるのね。
 いつもご一緒のご友人がいらっしゃるとうかがっているから、そのうちのどなたかかしら。
 私がお力になれるのなら嬉しいけれど……無礼な口ばかりきいて、気を悪くしていらっしゃらない?」
「全然、……いいんだ、そういう……気にしないで話せる相手が、ずっと欲しかったから」
「お偉いお方もそれはそれで大変でいらっしゃるのね」
「……偉いかどうかは……」
留三郎は困ったように笑った。
「では、また明日、お許しが出たら、まいります。御機嫌よう」
「あ……気をつけて、」
そこまで送る、と言おうとして、留三郎は諦めざるを得なかった。
迎えの馬車の待つあたりまで行けばさすがに人目についてしまう。
周囲の態度では留三郎の正体に気づいてしまうかもしれない。
この秘密はまだ守ったままでいたかった。
の去ってゆく姿が見えなくなるまで、彼は中庭にそうして立ち尽くしていた。
胸の内に去来する想いは決して甘いだけのものではなかった。
ただの一夜で己に襲い来た嵐を、片想いのそれであると悟った。


前      次