挑戦


「食満先輩。僕が先輩を好きだって言ったら、どうしますか」

「は?」

「どうしますか」

「うーん……」



先輩。私が食満先輩を好きだって言ったら、どうしますか?」

「え? あら……そうなの?」

「そうなんです。どうしますか」

「……そうね……」



「お前、三年生か。いい度胸だな」

「……とっちめられる覚悟くらいはしてきてます」

「や、そうじゃない。相手がだっていうのが。ウチの富松なんかもあからさまに苦手にしてるし」

「……だって、きれいな人だと、思います」

「そうか」



「どこがいいの、彼の?」

「どこって……それは……この間、廊下で、ぶつかったときに、手を貸してくださって、それで……」

「ああ、そう……? そういえばそんな話を聞いたような気もするわ」

「あんなふうに接してくださるなんて。三年生にはそんな奴、いません」

「そりゃあいないでしょうよ、彼、六年よ。最上級生になってやっと様になることだってあるのよ」



「お前の言い分はわかったけどな」

「はい」

「なんでわざわざ俺にそれを宣言しに来たんだ?」

「え……そりゃあ、だって、先輩は、食満先輩の……」

「そうだけど、関係ないだろ」

「そ……そうでしょうか……?」

「それでがお前のほうに傾いたら、それはそれだと思うし」

「そうですか……?」

「話の当事者が誰なのかって話だ。それは俺じゃなくて、お前とだろう」

「はぁ……」



「食満先輩にお伝えしたいんです」

「そう」

「……怒らないんですか、先輩」

「どうして? あなたの問題だわ」

「でも、私、先輩方の邪魔をしてることに、なるじゃありませんか?」

「そう? でも……好きなものはどうしようもないじゃないの?」

「……それは そうです けど」

「いいのじゃない、言わずに後悔するよりは」

「本当にそう思われるんですか? 私・食満先輩を誘惑しようとするかもしれませんよ。

 なにをやっても先輩から奪い取ろうとするかも」

「それで食満くんが私に飽きるのなら、私もその程度だったということよね」

「そんな……」



に言うのか? あいつ本人がいちばんの難関だぞ、たぶん」

「……妨害しようとか、思わないですか」

「とくに思わない」

「……僕が力ずくで横取りしようとしたら?」

「あいつ体力勝負には極端に弱いからな……お前の勝ちじゃないか?」

「そうじゃなくて」

「妨害する権利が俺にあるとは思えないけどな」

「ありますよ。恋人でしょ」

「んー。そうだろうけど」

「まるで他人事じゃないですか……」

「はは、うん、まぁ、そんなかんじだな。とのあいだには確固とした約束なんかないから」

「……別に、先輩に先にことわっておこうと思ったわけじゃあないんですけど」

「うん?」

「なんていうか」

「ああ」

「黙ってこそこそ……フェアじゃないのかな……と 思って」

「ふーん」



「はねのけられる覚悟で来たんですよ」

「そうしてほしかったわけじゃないでしょ」

「そりゃあそうですけど」

「どうするかはあなたの自由で、どう答えるかはあのひとの自由よ。

 でももし彼が私から離れていこうとするようなら、抵抗くらいはするかもしれないわ」

「……食満先輩が先輩から離れられるわけがないじゃありませんか」

「あなたね、彼に伝える前に負けを認めるようなことは言わないものよ」

「……え」

「自分の気持ちに従わないでどう生きていくというの。

 他人に遠慮して自分を殺すなんてことを、私は美しい遠慮だとは思えないの。

 そりゃあ、忍の任務の上では別問題としてもよ。

 私のためにあなたが彼に気持ちを伝えるのを諦めるというなら、とても残念だわ」

「……私も、先輩のことも好きですから、迷ったんです。

 お二人の邪魔はしたくないけど、自分ではもう我慢もできそうもないんです。

 でも、先輩方にも嫌な後輩だと思われていたくないんです」

「それならなにひとつ心配することなんてないわ。気持ちに正直に仰い。ただし」

「……はい」

「どんな結果になっても誰かのせいだとは思わないことよ。責任は自分にあるの」

「……はい」

「いいわ。私への告知はこれですべて済んだわけね。心おきなく行ってらっしゃいな」

「……は・はい……」

「どうしたの、もう迷う必要なんてないのでしょ」

「……先輩、誰かに告白したこと、ないでしょ」

「急になんの話?」

「お許しが出たからってスルッと言えるような軽い言葉じゃないんです。

 それも、失恋するってわかってる告白……」

「……ああ そう」



「行って来いよ、取って食われやしないって。あいつも軽薄なのは外面だけだから」

「軽薄なんかじゃありませんよ」

「……よく見てるんだな。悪かった。そういう言い方をすると、のことだと伝わりやすいらしいんだ。

 みんながそう思っているから俺もその言葉で形容してみるが、本当はそうじゃない」

「わかります。先輩は、みんなが自分に対して持っている印象をあえて演じてるように見えますから」

「あの演技力はまるで憑依だよな。天下一品の能力なのに日常生活で鉄仮面作ってどうすんだってのな」

「……食満先輩といるときは、違うんですよ」

「ん? ああ、そうか?」

「お二人で一緒にいらっしゃるとき、先輩はすごく自然な表情になります。

 他のどこでも、誰が相手でも、先輩はそんな顔しません。

 ……僕は、だから、食満先輩みたいに、なってみたいんですけど」

「立場弱いぞ」

先輩が甘えてるだけだと思いますけど」

「ははは。結構鋭いな」

「だから、僕は……少し矛盾しますが……食満先輩と一緒にいるときの先輩が、

 本当はいちばん、好きです」

「……ふぅん」

「だから、先輩が万が一僕の気持ちを受け入れてくれることがあっても、

 僕は心の底から満足できないような気もしているんです」

「そうか。悪いな。俺は邪魔してるつもりじゃないんだぞ」

「わかってます。……成就しなくても、先輩を想えてよかったと思っているんです。

 だからこの気持ちに、結果を見つけたくなったんです」

「……なるほどな」

「急に変な話をして、すみませんでした」

「いいや。頑張れ」

「はい」



「あのね、食満くん」

「あ?」

「今日私、告白されたのよ」

「そうか。俺もだ」

「あなたのところに行った子には心当たりがあるの」

「俺もお前のとこに行った奴には心当たりがある」

「私、あなたのことに関しては本当に安心しきっているみたいよ。

 食満先輩が好きなんですって言われても、ちっとも動揺しなかったわ」

「ふぅん」

「私とあなたのあいだを壊すのじゃないかと思って、迷っていたのですって。

 発破をかけて行ってきなさいって言ったの」

「俺らも後輩とはいえ恋敵を応援するってのもな……」

「でも、あの子に言われてぞっとしたことがあるのよ」

「へぇ、珍しい。焦ったか?」

「焦ったわよ」

「ほー」

「誰かに告白したことないでしょ ですって。図星なのよね。血の気が引いたわ」

「常に告白される側のセリフだよな。羨ましいこった」

「抱っこして」

「は?」

「もっときつくして」

「は……??」

「私もね」

「うん?」

「私なりに、あなたのこと、好きなのよ」

「は……」

「……確かになかなかスルッとは言いづらいわ」

「……時間が止まったかと思った」

「嬉しい?」

「うん、まぁ、そこそこ……」

「そこそこってなに?」

「うん……」



「結局だめだったわ」

「僕もだめだった」

「そんなもんよね」

「そんなもんだよ。あのお二人を相手にさ」

「でも私」

「うん」

「お二人が一緒にいらっしゃるのを見るのも好きなのよ。

 先輩おひとりおひとりも、好きだけれど。

 だからもう、いいの、満足なの。

 叶わなかったけど、ちゃんと食満先輩には言えたもの。

 先輩もそのチャンスをくれたもの。感謝しなくちゃ……」

「なんていうか……僕らがものの数にも入らないとかいう意味の余裕じゃあ、ないけど。

 食満先輩と先輩のあいだには、すごく強固な信頼関係があるんだろうな……」

「そうね」

「最後に頑張れっていわれちゃったよ、僕なんか」

「情けな……」

「ほんと、情けな……」



「いつかそのうち、あのお二人くらい揺るぎなく信じあえるような、そういう人が私にもできるのかしら」

「運任せだろうけど。でも、いつかはね」

「だったらいいな」

「うん」






宵のみぞ知る  挑戦