見つめるだけのカンタンなおシゴト
こんにちは!
いらっしゃいませ!
いやあぁ、風が強いですねえ!
ここまで来るの、大変じゃなかったですか?
え、忍者。
あ、そうなんですかあ。
プロのくの一ですね。
かっこいい。
でもやっぱり、プロの忍者だって、風が吹いたら寒いですもんね?
ねー、大変ですよう。
あ、じゃ、入門票に、御署名お願いできますか。
はい、僕、ご覧の通りで、事務員です。
名前、はい、小松田秀作といいます。
はい、お名前、結構です、お手数おかけしました。
事務員も風が強いと大変なんですよねえ。
だって、木の葉がいつもよりぶわーって、散りますから、そうじが。
はい、まだ勤めて一年経ってないんです。
もうずいぶん長いこといるような気がしますけど、
なんていうか、それは学園のみなさんがすごくよくしてくれるから。
居心地いいからです、馴染んじゃうんです。
僕、ときどき失敗しちゃうんですけど、仕事。
それでもみなさんで助けてくれて、すっごくありがたいんですよお。
はあ、あ、そうなんですか、卒業生。
へえー、じゃ、僕がここに来る前には学園にいらしたんですね。
すみません、外部の方かと思って、僕。
はい、ヘムヘムは、もうすぐ僕と交代でここに来ます。
ヘムヘムはほら、鐘を鳴らしに行かなくちゃいけませんから。
あ、鳴りましたね、いまから昼の授業です。
僕はこれからお昼ごはんをいただきに食堂に行きます。
あ、ご一緒しますか、ご案内しますよ、ヘムヘムが来たら……おおい、ヘムヘム。
ね、卒業生の方がみえられたんだよ。
ええとね、さん、ってお読みしていいんですか。
さん、ってプロのくの一の方。
あ、やっぱ知ってるんだ。
卒業生が無事で訪ねてきてくれたら、嬉しいですよね。
あれ、去年の卒業生なら、きっと僕と同い年ですね。
僕十六なんです。
僕も忍者になりたくて、いろいろ頑張ってるんですけど、いまは事務員です。
事務にもいろんな仕事がありますけど、いちばん失敗が少ないのがこの門を守る仕事かな。
お客さんからサインをもらって、中へお通しすること。
あと、帰るときに出門票にもサインをもらうんですけど、これはミスったことないんですよ。
あ、じゃ、交代ね、ヘムヘム。
食堂、ご案内します、どうぞ。
足下、気をつけてください。
落とし穴とか、仕掛け罠とか、いっぱいあるんです。
でも、プロのくの一の方なら全然平気でしょうかね。
僕も最近はそれほど引っかからないんですよ。
まだまだ憧れの忍者には遠そうですけど、少しずつでも頑張っていれば、いいことあるかもしれません。
こちらには、どなたかをお訪ねになったんですか?
あ、そうですか、ですよね、一年生の子たちとか、僕みたいな新入り以外は知り合いですもんね。
みんな元気ですよ。
六年生の子たちは、シューカツとかいって頑張ってます。
ちょっと羨ましいですよね。
六年生の手が薄くなったところを、五年生の子たちが頑張るようになって。
みんな自分のできることをみつけて、助け合ってます。
忍者に助け合いって、ダメなときもあるんでしょうか。
僕が忍者に向かないって、たまに言われますけど、こういう考え方がよくわからないせいかもしれませんね。
でも、僕は僕で、頑張ってますよ、自分にできること。
入門票と、出門票と……あ、そればっかりって、笑いますけど。
大事なお仕事なんだなって、すごく思うんです。
お出迎えと、お見送りと……僕はまだやったことないけど、卒業生を送り出すのも、門番の役目でしょう?
ヘムヘムはもう何回か見送っているのかな。
ここ、生徒さんたちは六年も暮らす場所じゃないですか。
みんなにとってはきっと家みたいな場所だから、
ここに残る誰かが出ていく誰かを見送るのって、ほんとに大事なことだって思ってるんです。
卒業の時期だけじゃなくって、みんなが任務に出かけるときとかもそうです。
行ってらっしゃいって、元気に大きい声で、笑って言うようにしようって思ってます。
お帰りなさいも、そうやって言うようにしてます。
おはようとかこんにちはとかこんばんはとか、挨拶することはふつうのことですけど、
言われたほうも元気になって頑張ろうって思いますよね。
危ない任務も、いくさに関わるときだってあるし、忍術学園と仲の悪いお城もありますから。
そう、最近なんかくせ者が侵入するようになっちゃって、困ってるんですよお。
土井半助先生にけんか売りに来たり、医務室にお茶しに来たりしてます。
サインしてくれなくちゃ中に入れられないって決まりなんですから、ねえ、そこは守ってもらわないと。
僕がそれほど失敗しないで済むお仕事なんですから、そんな頻繁に無断で入られたらほんと困るんですよね。
わかってるのかなあ、あの人たち。
どうせなら快く迎え入れられたほうがいいに決まってるのに。
帰りだってちゃんと見送るのに、まったくもう。
しばらく勤めていると、少しずつ仕事のことがわかってきて……
町に遊びに行くんだったら、片道これくらい時間がかかるなあ……とか。
帰りはいつ頃かなあ、とか、大体見当つくようになるんです。
出かけるときにみんなに書いてもらった出門票と外出届を見比べて僕は、
きっとそろそろ帰ってくるなっていう時間にはほうきを持って門の前にいるんです。
そうじをしながら、みんなの帰ってくるのを待っています。
ときどき、あの、今年の一年生にそういう子たちが多いんですけど、
事件に巻き込まれちゃったりして帰りが遅くなっちゃうこととかもあって。
そうじが終わってあたりがぴかぴかになっても、僕は門の前を行ったり来たりして待っているんです。
だって、みんなをお迎えしなくちゃ、僕の仕事は終わらないんですから。
じーっと門を見つめて、外からとんとんと叩く音が聞こえてくるのを待っています。
ときどき扉から頭を出して、誰かの帰ってくる姿が見えないかなって確認したりとか。
そういう時間って、なんだか胸とかおなかとかが縦にひやっとするんですよね。
空がだんだん、青から赤になって、暗くなって……そのうちやきもきしてきます。
でもそうやって僕が心配して待っているっていうのに、
帰ってきた子たちは寄り道して採ってきた山菜とかきのことかいっぱい抱えてにこにこしてたりするんですよ。
僕の気も知らないで、ですよ。
入門票にまたサインしてもらって、それで僕はやっと安心するんです。
学園の先生と生徒、全員の名前が載っている一覧にさーっと目を通して、
ああ、いまこの門の内側に誰も欠けないで全員がいるんだなって、それで僕はすごくよく理解できて、
何の不安も心配もそれでなくなるんです。
ときどきお客さんがいるとちょっとうきうきします。
あの、山田伝蔵先生の息子さんの利吉さんとか、たまにいらっしゃるんですけど。
利吉さんもサインするの嫌がるんですよねえ、必要なことだってわかってるはずなのに。
いつも僕をはぐらかしたりからかったりしてきます。
最後には渋々、名前書いてくれますけど。
利吉さんはなんだかいつもいらいらして見えるんですよねえ。
プロの忍者は大変なんですよね、きっと。
でも、帰るときは……ちょっといらいらが薄くなってるんですよ、いつも。
なんかちょっと、ほっこりして帰るみたいです。
利吉さんの場合は、見送るときに僕はほっとします。
もちろん、無事でまた来てくださったら、それもほっとしますけど。
僕、卒業生の方をお迎えしたのは初めてでした。
面識なかったですけど、嬉しいです。
また何度でも、来てくださったらいいな。
僕また変わらずに門の前にいて、お元気そうでなによりですって、お迎えしますから。
ね、いいでしょ、大事だと思いません、門の前に立ってるだけの簡単なお仕事ですけど。
あ、すみません、僕お喋りで、食堂着きました。
生徒はもう誰もいませんね。
おばちゃん、定食まだ残ってますか。
卒業生の方がいらしてるんですよお、おばちゃんもご存じでしょ。
あはは、感動の再会ですね!
学園中大喜びだと思いますよぉ、みんなに知らせてこようかな。
おばちゃん、僕、職員棟を一周してくるんで、A定食ひとつ用意しといてくださぁい。
戻ってきたらいただきます。
さんも、どうぞごゆっくり!
僕戻ってきたとき、まだこちらにいらしたら、今度はさんのお仕事のお話、聞かせてくださいねえ。
それとも、お忙しいかな。
あ、もちろん、お引き留めしませんよ、無理には。
そりゃいてくださったら僕も嬉しいけど。
みんなの喜ぶ顔も見たいし、感動の再会がいっぱいありそうですもんね。
たとえ今日はお急ぎでいらしても、何度だって来てくださればいいんですよ。
じゃ、ちょっと行って来ます。
……あ、そうだ、そうだ。
あの、お帰りの際なんですけど、出門票に御署名いただきたいので、僕かヘムヘムか、
どっちもいなかったら吉野先生までお声かけてくださいねえ。
今日は僕、ほかに仕事がないので、僕がうかがえると思いますけど。
帰りもちゃぁんと、お見送りしますから。
忘れずにお願いしますね!
大事なお役目なんですから、僕にちゃんとお仕事させてくださいよ。
閉