ネバーランドの子どもたち 00

塾が終わって帰途についたのは、夜も二十二時をとうにまわった頃だった。
普段ならば二十一時には塾を出ていられるはずが、
高校最後の夏であり、受験を見据えるべき季節であり、
目先にはテストの日程もぶら下がっており、教える側もそれを請うほうも熱が入ったのだろう。
肩に凝る疲れはとても心地のよいものとは言えなかった。
“飛び翔けろ・輝ける未来へ!”などという
寒々しく受け取りたくもなるスローガンは誰の設定したものなのか知らないが、
受験戦争、やりたいことも特に見つからないままで迎えてしまいそうな大学生活、
考えたくもない働きづめのその先の生活、
パワー・ハラスメント、セクシャル・ハラスメント、疲労、過労、
今から心配しなくてもよさそうなもろもろの心配、不安、とても未来が輝いているとは思えない。
必死で勉強している同級生達を見ているとなんだか焦ってしまったりもして。
ため息、ため息、ため息である。
もうすぐ二十三時にもなろうかという遅い時刻、
そこそこ裕福そうな外観の一戸建てが並んだ住宅街のあいだの道には、
人っ子ひとりも見あたりはしない。
澄まし返った家々のそばに立つには似つかわしくないほど古めかしい電柱に、
これもまた昭和の雰囲気漂うような錆びた電灯がついており、
ジジ、と時折虫の鳴くような音を立ててちらちらと点滅を繰り返した。
肩のあたりをひゅう、と風が吹いていった。
唐突に肌寒さを感じる。
七月にも入ったというのにどうしたことか、身震いをして肌を撫でる。
ジジ、ジ、と電灯がまた音を立て、ふつりとあかりが途切れた。
ハッとしたそのとき、まわりのすべてが一瞬爆ぜたのちに口を閉ざした。
真空の内に取り残されたような、緊密な沈黙の中、耳の奥にべたりとした声がこだました。





「 君 は 妖 精 を 信 じ る か い ? 」





耳の内から凍りついていくような感覚に身体中が金縛りにあったように動けなくなった。
あらん限りの声で悲鳴を上げた、つもりであったが、
どこまで自分がそのままの姿で存在できたのかすらを、知ることもかなわなかった。



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