雨の花  むくわれぬ


お姫様役をやらないか、という依頼があり、それを受けた。

くの一教室の生徒がひとり、適当に選び出され、忍たまの実習訓練に付き合わされるという趣向。

幼き頃には睨み合い、学年が上がるごとにその視線が冷ややかな横目に成り代わる、

そんなお互いであるというのに便宜上とはいえ主従ができてしまうというのはむず痒いおはなしだ。

彼らは必要とあらば、“姫”に跪くことすら厭わない。

そういう意味ではまぁ、大人になったこと、忍らしくなったことと、内心で思っておく。

はくの一の五年生で、付き合わされている実習も同学年の忍たまのものであった。

男女の生徒同士の仲が悪いというのも珍しくないのは生徒全体としての傾向ではあるが、

五年の忍たまは言ってしまえば“まとも”なものが多い。

それが忍という立場であるなら、紳士的なのも優しいのもときどきは無駄である。

ともあれ、その無駄も少なくとも学園にいるあいだは美徳とされることが多かった。

ゆえに、の友人達も、同年の忍たまに対してそうそう悪い印象ばかりは抱いていない。

忍たまの実習に協力するという内容であるが、さすがに高学年ともなるとその難度は高い。

の役割はただ単に架空の姫君を演じることではなく、

わりと近隣の町を治める城主の姫君の影武者役をつとめるということだった。

政の駆け引き上、その城と周囲の城との関係は緊迫した状況に追い込まれているという。

慎重にことを考えるたちらしい城主は、娘の身代わりを立てることを思いつき、

更にその護衛役までを忍術学園に相談してきたということだ。

学園長と教員一同が熟考を重ねた上で、かなり信頼のおける五年生という学年を任務にあたらせると決めたのは、

状況の深刻さを五年生当人たちにも痛いほど伝える結果となった。

姫君然としてそこにあるの、

いちばんそばには学園中から一目置かれていると名高い(悪名高いといってもなぜか皆が納得する)鉢屋三郎がついた。

変姿の術にかけて、彼の右に出るのはくの一教室担当教師の山本シナ師範くらいだろう。

普段は級友の不破雷蔵の顔を模していて、その素顔がどんな姿であるのかを知っているものは少ない。

自身も、雷蔵の顔を真似た三郎の姿くらいしか彼を知らなかった。

その術の性質のためか、三郎は自身のあり方をもたとえば180度転換させることにも抵抗を覚えないたちである。

だからといって彼がそこに信念を持たないのかと問われれば、それは確かに違うと言える。

不思議な、掴み所のない相手だと、はいつも思っていた。

そのくせ、三郎のほうは周りを残酷なほどに鋭い目で見つめている。

のこともその例外ではなかった。

がもうずいぶん長いこと、ふうわりと抱いてきた三郎に対する恋心は、

が必死で三郎に伝えたその日・その場でばっさりと破られてしまった。

半身を薙ぎ払われたかと思うほどの痛みを胸の奥に植え付けられて、

は今の今までもその痛みに苛まれ、忘れることなどできようものではないのである。

三郎はそんなの心地を、知っていながら知らぬふりをしている。

がいまだ捨てきれずにいる三郎自身への想いやその恋を失った痛みが、

まるで存在などしないものであるかのようにふるまうのである。

その知らぬふりに気付くたび、は更につのる想いを、更にいや増す痛みを覚える。

がそうして苦しんでいることに、きっと三郎は気付いているのだろうとは思っている。

喉元にくすぶったままのそれを抱えながら、は姫君役をつとめ始め、

三郎やほかの五年生たちはその護衛、またのかげに隠されている本物の姫君の護衛をつとめ始めた。

は姫君として、同年の忍たまたちに様々な命令を出した。

そのほとんどは、目に見える位置から消え失せろという“年頃の少女らしい演技”から出るものである。

しかし、三郎ひとりの気配だけは、彼自身が絶つことでには感じ得ないときも多々あったものの、

必ずのそばにつき従い、なにかあれば真っ先に飛び出てを守ろうとするという態度を崩そうとしなかった。

諦めきれぬ想い人が、自分を守るために四六時中そばについている。

そのことには胸を高鳴らせたり、想い切なく沈んでしまったりする。

たまたま、今のは“姫君”役であるから、三郎はそばにいてを守ってくれている、それだけの話である。

そうでなければなにか危険が迫っても捨て置かれただろう。

三郎はそういった切り替えが恐ろしくあっさりとできるひとだ。

はただ、動揺を悟られないように必死で平静を装い、何事もなかったような顔を繕うことに集中していた。

が身代わりをつとめている当の姫君は、とんでもないわがまま姫と巷では有名だ。

感情をごまかす手段とばかり、はむちゃくちゃな命令や手ひどいわがままや理不尽を容赦なく三郎に浴びせた。

三郎は辛抱強く頭を垂れ、の言にできうる限り従った。

それがわずかばかり、には面白くなかった。

三郎はほんの少しも、お情けをかけるほども、に本音や本心を見せてなどくれない。

八つ当たりや逆恨みがいつの間にかそこにこもる。

のわがままはやがて、演技以上のエスカレートを見せ始めた。

まわりを守る忍たまたちも薄々そこには感付きながら、誰もなにも言うことはできなかった。

ある、ひどい雨の昼下がり、は呟き声で、三郎、と呼んだ。

三郎は音もなく、広い室内の衝立の奥にスッと降り、そこにひざをついた。

「女官達が、天香具山の桜は今時期が見事と騒いでいたが、この雨では散ってしまったかもしれぬ」

口惜しきこと、と呟くと、三郎はなにも言わなかったが、不思議そうにしているような気配が感じ取れた。

「三郎。行ってひと枝、折ってまいれ」

振り返りもせず、庭に降りつのる雨を眺めながら、はつらりと言い放った。

三郎は承諾の返事すらもせず、まだしばらく黙っていたが、やがて一言ぼそりと呟いた。

「……本気でそんなもん欲しいのかよ、

「無礼者! わらわに向かって、そなたは今なんと申したか!」

「……お許しを。しかし、私が離れれば姫の護衛を勤めるものが……」

「兵助でも雷蔵でも呼べばいい! 早くしないと桜が散ってしまう」

「……御意」

まだの真意を測りかねるといったふうに、それでも三郎はすっと部屋から跳び去った。

やがての言ったのに従ったのか、久々知兵助と不破雷蔵がそばに控えたのがわかった。

雨は一向に止む気配がない。

それどころか、時間が過ぎるごとに雲は厚くなり、雨足は強まるばかりである。

ただじっと座して庭に降り注ぐ雨を眺め続けているに、

使用人達は食事を摂らせようとしたり風雨が身体に障るからと庭から引き離そうとしたりもしたが、

は微動だにせず、まるで意地になったようにそこを離れようとしなかった。

姿を隠しつつもを見守っていた兵助と雷蔵は、さすがにの様子がおかしいことには気がついた。

わがまま姫に人が追い払われたのを見て、彼らはの前に降り立つと、一体どうしたのかと問うた。

「……別に、どうもしないわ。忍の護衛が姿を見せてどうするのよ」

彼らを見向きもせず、はかたい声でそう答えた。

二人が目を見交わしたのがわかった。

「今日の三郎への命令も、聞いたけど……ちょっと度を越しているんじゃないかと、僕は思うんだけど」

「それが何」

「なにって……」

雷蔵はそれ以上言うことができなくなってしまった。

がそこで開き直ることが、彼には少々予想外であったらしい。

雷蔵は助けを求めるように兵助のほうを見たが、兵助はなにか考え込むように黙ったままであった。

しばらくの膠着状態、そこを破ったのは、別の位置で任務にあたっていた竹谷八左ヱ門の声である。

「おい、三郎が戻ったぞ」

「あ、……無事? 三郎」

雷蔵がそちらに気をとられ、姿を見せた八左ヱ門のほうへ歩み寄っていく。

相変わらず見向きもしないを、兵助はしばらくじっと眺めていたが、

やがて息をつくと帰還した友人のほうへと足を向ける。

すれ違い際、兵助は低い声で呟いた。

「……これは、任務だと、思うんだけど。私情は挟んじゃダメじゃないかな……さん」

途端、はカッとなって兵助を睨み上げた。

「誰が“さん”よ! 私は今はこの城の姫なのよ! 余計なお世話だわ!」

兵助は怒鳴られようとチラとも動じることなく、静かに言い返す。

「それは、大変な御無礼を、申し上げました、姫君。

 ……“余計なお世話”はの感情であって、

 そこに関与しない“お姫様”の口から出る言葉じゃあないはずだけど、ね」

的確な指摘には更に激昂し、兵助をやりこめようとしたところ、

庭に三郎が歩いてやって来、言い争いはそれで中断となった。

「……なにやってんだ、大声張り上げて」

「なんでもないよ。良い格好だな、三郎」

「うるさいな」

兵助をやかましそうに一瞥し、三郎はに向き直った。

不破雷蔵の姿を真似たままの彼は、容赦なく降り続けた雨の下を往来し、頭から爪先までずぶ濡れだった。

長い髪のすそが濡れた首筋に貼りついている。

まっすぐなその視線に、は射竦められてぴくりとも動くことができなかった。

三郎は何事もなかったかのように、黙って右の手を差し出してみせる。

そこに握られていたのは、冷たい雨に晒された桜のひと枝であった。

風雨のためか、枝は花どころか葉すらも落とされた丸裸の姿である。

その頼りないほど細い枝先に、たった一輪だけ、淡色の花が危なっかしくしがみついていた。

はその枝を、穴のあくほどじっと見つめた。

「……わがままを叶えられた姫君の表情じゃないな」

三郎はぼそりと呟いた。

「満足かよ」

はぎゅっと、唇を噛みしめる。

三郎の顔色をうかがうような、傷つけられたような目で、は彼を見上げた。

三郎はただ無表情に、を見下ろすばかりである。

唐突には立ち上がり、桜を受け取りもせず、踵を返すと部屋の奥へと引き取ってしまった。

「なんだ、あいつ? 何考えてんだろうな」

口調は呑気そうに、八左ヱ門が言った。

雷蔵がそこに続く。

「彼女、ちょっと、やりすぎだと思うよ。ここまですることに意味なんかないじゃないか」

「俺もそう思うけどー……」

八左ヱ門と雷蔵は、枝を片手に佇んだままの三郎を見やった。

受け取られることのなかった桜を見下ろし、三郎はため息をつくと諦めたようにぐいと、濡れ乱れた髪を掻き上げた。

「なんで言うなりになってんだ? 三郎」

「別に。お前らが心配するとこじゃないよ」

三郎は面倒くさそうにそう返すと、のろのろと歩き出した。

その背に、兵助が静かに語りかけた。

「三郎も悪いと思うけど」

「……うるせぇよ兵助。さっきから」

「お前が割り切れてないから。彼女だってつらい」

「黙れよ。何がわかる」

「少なくとも、三郎よりは現状が見えていると思うけど」

「……喧嘩売ってやがるのか、兵助」

「別に。ただ、巻き込まれる俺達は居たたまれないし、そのせいで任務をしくじれば点を落とされる。迷惑だ」

このうえなくシンプルに、しかし容赦なく兵助は言い切った。

こういうときの彼にはできるだけ刃向かいたくないとばかり、雷蔵と八左ヱ門は早々に口を閉ざす。

まだ降りしきる雨の下、振り返った三郎は、雷蔵の顔でこうも鬼気迫るかという形相で兵助を睨んだ。

「私の問題に口を出される筋合いはない。黙れっつってんだよ」

「……お前の怒るのは、ただの威嚇だ。

 知ってるか、三郎。

 ひとは、図星を指されたときに怒るんだよ。さっきのさんもそうだったけど」

怒りはもはや限界点に達しようかという三郎だが、兵助の言葉通りになるのが嫌で黙り込む。

雷蔵と八左ヱ門は、この言い合いは兵助の優勢と見てとった。

我を忘れたほうが負けるのが常である。

畳みかけるように、兵助は続けた。

「断ったのは三郎のほうだろう。

 なのにどうしていつまでもずるずる、お前が引きずり続けているんだ。

 だから彼女は忘れることも離れることもできないで今までいるんだ。

 未練がましいのは彼女じゃない、お前のほうだ、三郎」

「うるさい! うるさいんだよ!! 余計なことを言うな!!」

「もう言い返すセリフも見つからないか。子どもの言い訳だな」

「てめぇ、兵助……!!」

兵助に掴みかかろうとする三郎を、雷蔵と八左ヱ門が慌てて止めた。

任務の最中だぞと窘めようとするが、頭に血の上った三郎には、目の前に悪役として立つ兵助しか見えていなかった。

制止をふりほどこうと藻掻いたその瞬間、部屋の奥から、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

はっとした他の三人をおいて、三郎がいちばん早く、部屋の奥へと飛び込んだ。

姫君役のが悲鳴を上げたのである。

むしろ、ことを早く解決に導くために待ちわびていた、賊の襲来のはずだ。

隙さえあれば、が片を付けてもおかしくない。

しかしこの任務はではなく、忍たまたちに課せられたもの。

最後の最後まで、は抵抗せずに姫君役でありつづけるはずであった。

雷蔵、八左ヱ門、兵助が一歩遅れて駆けつけたとき、ことはすでに終幕をみたあとであった。

部屋の中央は赤に染まっていた。

血みどろの光景もすでに見慣れたものと思っていた三人も思わず息をのんだ。

間者と思しき女が二人、こときれて倒れ伏していたが、

その顔は姫君の側近であるからと知らされていたものたちのそれであった。

飛び散った赤の中に、はぺたりとひざをついて座っていた。

呆然と、力無く肩を落とすの膝元に、三郎が俯せて倒れている。

「三郎!」

駆け寄ろうとした三人は、辿り着く刹那にまだ鋭い殺気に囲まれていることに気付いた。

城の他の位置を警備している級友達が、ここに気付いて辿り着くまでにはまだ少しの時間がかかる。

その時間を待つ余裕はなさそうだった。

「三郎」

の唇から力無く声が漏れた。

二人の間者からはを守ることができたものの、

恐らくが悲鳴を上げたそのとき、の身はすでにぎりぎりの危険にさらされていた。

を守るために三郎は、自身を犠牲にするしかなかったのであろう。

「三郎……」

「落ち着いて、“姫君”」

雷蔵と八左ヱ門が周囲を警戒し、今すでに戦力にはなり得ない三郎をもかばうように兵助がの側に跪く。

三郎の脈を取り、怪我の様子を伺い、兵助はほっと息をつく。

「大丈夫、出血は多いけど……命には関わらないと思う」

「いや、三郎……!」

「“姫”」

「いや……!」

ぼろぼろと涙を流し、他の何も目に入らない様子で、は三郎を呼び続けた。

兵助はわずかばかり躊躇ったが、ぱちんとの頬を叩いた。

「任務中だ! 取り乱すな、早く終わればその分すぐに三郎の手当てができるんだ!」

は言葉を失った。

兵助を見上げ、ただぼろぼろと涙を流す。

震える唇が、音にならぬまま、だって、と呟いた。

「だって、血が! 血が出てる……!」

「……さん!」

頼むから落ち着いてくれと兵助は声を荒らげた。

もはやこの混乱の局面、刺客の一部はここにいる“姫”が偽物であることを知り、場を離れているだろう。

できるのなら、本物の姫君に危険が及ぶ前に敵は片付けてしまいたい。

雷蔵と八左ヱ門は、それぞれ一瞬目を見交わすと、動いた気配を追って場を離れた。

兵助も、場合によってはこの二人を置いて追っ手となるべきであった。

しかし、友人二人を捨て置けなかった。

任務は仲間が何とかしてくれる。

錯乱したままのと、負傷した三郎を置いてはいけない。

泣きわめき取り乱したには、何を言ってももう聞こえないようだった。

兵助も参りかけながら、の肩を揺さぶり、声をかけ続けるより他になかった。

「いや、いや、いや……! 三郎!」

断られても、すげなくされても、残酷に優しくされても、それでもこの子は、三郎を好きなんだ。

兵助が途方に暮れてしまったそのとき、の肩を掴む彼の手を、何かが払った。

腹を血塗れにして、三郎が力を振り絞り、起きあがったのであった。

「さ、三郎! 動くな、出血がひどいんだ」

「わ、かってるよ、自分のことくらい」

死ぬほど痛い、と、洒落にならない洒落を言い、三郎はわめき続けるにチラと目をやった。

、」

かすれ声で彼はを呼んだ。

が一瞬、ぴたりとその動きを止めた。

三郎は血に濡れた指先での顎を上げさせ、彼を呼び続けていたその唇に口付けた。

一瞬唇を押し付けて三郎はすぐに離れた、それだけだったのに、はぴたりと泣きやんだ。

「……それ以上、泣くな、私は、大丈夫だから」

「……三郎」

「泣くな」

言われたこととは裏腹に、涙だけは止まらなかったが、はすっかり我にかえると、ちいさく頷いた。

それを見届けて、三郎も頷くと、力尽きての肩に倒れ込んだ。

が細い腕でそれを支えようとし、呆然と横で見守るより他になかった兵助が慌てて手を貸した。

なんて不器用な奴らだと、内心ですっかり呆れ返った兵助の耳に、友人達の知らせる任務完了の声が聞こえた。

はまだ涙だけ流したまま、ぐったりとしている三郎の肩を、大切そうに抱きしめていた。



学園へ戻ると、担当教員の難しそうな顔に迎えられた。

一部始終をこの教員は知っているはずであるが、仕方ない、お前たちはお前たちでよくやったと言いたげに、

一同の肩をぽんぽんと叩いていった。

三郎はまっすぐ医務室へ運ばれている。

学園へ戻るまでのあいだに、三郎の意識は戻らなかった。

場が解散となり、友人達が疲れた様子で長屋へ戻っていくのを見送りながら、

雷蔵と八左ヱ門、兵助の三人は、一言も喋ろうとしないをずっと気にかけていた。

は泣きはらした目で、ぎゅっと唇を噛んで俯いたままである。

見かねた八左ヱ門がの手に自分の手ぬぐいを濡らして握らせてやり、

なんでああなったんだろうなと、問うでもなく、呟いた。

「あいつはほとんど命懸けで、お前を守ったんだぞ」

兵助だけは、彼の想い人がの親しい級友であるため又聞きで事情を知っていたが、

雷蔵と八左ヱ門は、三郎とのあいだにあったらしい悶着の詳細を知らされていなかった。

三人の注目がに集まった。

は視線など気にもかからない様子で、重い口を開いた。

「嘘よ。私が姫君役だったからよ。それだけよ……」

「それだけでくの一のためにあんな怪我しねぇよ」

「嘘よ……」

の目からまた涙が流れた。

相手が誰でも女の泣くのは苦手だと、八左ヱ門は気まずそうにそっぽを向いた。

言い出しづらそうに、雷蔵が話を引き取った。

「無茶ばかり押し付けて、君は、……三郎を嫌がっているんだと、思ってたよ」

「……好きなの」

「それは、……わかったよ」

「三郎は、私じゃダメだと言ったわ」

「……そう」

あの無理難題はそのせいだったのと、雷蔵が問うた。

は涙に濡れた目で、キッと彼を睨み付けた。

「三郎が言ったのよ! どんな面倒だって、やると言った! 私の言うことにはなんだって従ったわ!

 顔を見せるなと言ったらいいと言うまで絶対に姿を見せなかった!

 ずっとそこに控えていろと言ったら、まる一日中微動だにせずにそこにいたわ!

 雨の降る中、たったひと枝、桜を折ってこいと言ったら、彼はそうすると言った!

 ばかばかしい命令に従って、ずぶ濡れになってまで桜を折ってきた!

 それなら私はなんだって言わせるし、なんだってさせるわよ、くれるというのなら全部もらうわ!」

息を切らし、は一気に叫んだ。

大粒の涙が絶えずあふれ、は肩を震わせ、唇を戦慄かせ、両の手で顔を覆った。

「……愛のほかは、全部くれると言った!」

それきり口を閉ざしたに、誰も何も、言うことはできなかった。

わがままや無理無茶を通し続けたと、あえて抵抗もせずに従い続けた三郎の、

それぞれの行動のわけを、その想いを、彼らはやっと知った気がした。



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