そういう人たち

年末年始ともなれば、常日頃は仕事だ任務だ命令だと忙しい忍者隊のあいだにも、
わずかながら家庭や家族の話題がのぼる。
殊に、注目の集まりやすいのは狼隊小頭の山本の抱える家庭の風景である。
妻とのあいだに子が六人、部下たちにとってよき上司である山本がその一方、
家庭におけるよき夫・よき父親であろうことは想像に難くない。
微笑ましい一家の図は、時に凄惨な任ですら顔色ひとつ変えずに全うせねばならぬ忍たちにとって
このうえなく心癒されるものであった。
ゆえ、この時期になると、部下の誰もがそれとなく山本の漏らす話題に耳を澄ます。
知ってか知らずか、一同の長である忍組頭・雑渡昆奈門は、山本に向かって頻繁に家族の様子を問いかける。
奥さんは元気、子どもらは何してんの、
その程度の問いに山本もおかげさまで息災にしております、ほどにしか答えなくとも、
部下たちはほっとあたたかに息をついたり口の端に笑みを浮かべたりする。
しかしこの年の瀬、いつものように繰り返されるこうした問答が、わずか違うほうを向いたのである。
部下たちは一様に、二人の話に聞き入った。

「お帰りになられませぬのか」
「どこに」
「おや。申し上げたほうが?」

軽口を叩くように問い返され、珍しく雑渡がそこで言葉を切った。
何と答えたものか考えを巡らすのは、部下たちが聞き耳を立てている気配を四方六方八方、
そこかしこから感じ取っているためである。
野次馬根性をどうにかしないとね、気配を消すすべも、と新年部下たちに課す鍛錬を一瞬思いつつ、
雑渡は静かに口を開いた。

「ここのとこ、具合はいいらしいよ」
「それは、それは」
「だからまあ、……いっかと思って」
「恐ろしいものですよ」

その返答の意味がわからぬと言いたげな雑渡を見返しもせず、手元に書面を整えながら、山本はこともなげに言う。

「女の恨み言というのは」
「ははあ。経験者の言葉は重みが違うね」
「早いうちに聞きに戻るのがよろしいでしょう」
「そうねえ」

聞けるうちにね、と、かろうじても聞こえないほどの声で雑渡は呟いた。

「恨み言言うようなひとじゃないよ」
「……左様で」
「合い言葉があるの。『お互い様だもんね』って」
「……もっと素直に話をなさったらどうです」
「素直すぎて開き直った結果がこうなんだよ」
「……なにやら、私の理解を超えたところで、通じ合っておられるようで」
「うんまあ、そういうことにでも、しといて」
「年末年始にかけてですが」

山本は唐突に話題を変えた。

「うん?」
「組頭のご予定に休日が組み入れられております」
「あー……」
「有給ですな」
「……勝手にやったのね……」
「さて、なんのことやら」
「そういうの、お節介というんだよ、山本」
「左様で」

食えないなあ、と雑渡は言って深く息をつく。
どうやら早々に折れることにしたようだった。

「……じゃ 帰ろうかな」
「それがよろしいでしょう」
「お節介」
「先程聞きました」
「帰っても暇なのに」
「滅多なことをおっしゃいますな。……安らいだ時間はすぐに過ぎるものです」

反論を諦め、雑渡は肩をすくめると踵を返し、さっさとどこやらへ歩いて去ってしまった。

果たして、色めき立ったのは聞き耳を立てていた部下たちである。
帰る。女。恨み言。通じ合っている。
それらの言葉がよりにもよって雑渡昆奈門に掛かるとは?
その意味するところは。
誰もが気にかけていながら聞けずにいたことである。
そして、誰もが知らずにいたことである。
多くの部下たちが問い質しにかかったのは、雑渡の側近として付き従い、
他の部下よりも雑渡について多くを知るはずの高坂と諸泉の二人であった。
矢継ぎ早に問われて彼らは神妙そうに横目を見交わしたが、やがて重々しく口を開いた。

「我々もよくは知らない。ただ、時折護衛も従者もいらぬとおっしゃって、おひとりでお戻りになる先がある」
「……一度だけ、付近までお供したことがあるくらいで。
 忍の村からそう離れていない場所に、老くの一と女中をおいているだけの家がおありだとしか」
「お姿もお声も知らない。……隠されているように思うので、尋ねたこともない」
「老くの一が恐くて寄れないし」

最後の一語には皆がくびを傾げたが、高坂も諸泉もごく真面目に言っているらしい。
組頭のすることならば相当であろうと悟るやヒヤリとしたものが背筋を走ったが、
一同の好奇心を静めるにはそれも到底不足であった。
やがて晦日を迎え、年越しの支度にタソガレドキ城内が大わらわとなるどさくさにまぎれて
さりげなく持ち場を離れた雑渡をこっそり見送ると、部下たちは高坂と諸泉をせっついてそのあとを追わせた。
なにやら覗いてはいけない光景を覗く羽目になりそうで、それが敬愛する組頭への裏切りともなりそうで、
二人としては気の進まないことであった。
それでも、雑渡の力を疑うわけではなく、組頭ともあろう人に護衛もなしに歩き回ってほしくないと思うことも事実である。
その心配を言い訳にして、二人はしぶしぶながら、上司を追う任を請けることにしたのである。
雑渡が心寄せる相手がいる、ということについて、彼ら自身にも興味がないといえばそれも嘘であった。
本音の底にふたをするようにして、彼らは雑渡に気取られぬよう己の気配を殺すことに集中した。

忍の村を通り過ぎ、民家もまばらな山林のあいだに雑渡は慣れた様子で分け入った。
高坂も諸泉もその姿を見失わぬよう必死であったが、思いがけず唐突に木々のむれが途切れ、
視界の奥に家が一軒建っている光景に出くわした。
この場所を、二人は過去ほんの一・二度だけ訪れたことがある。
すっかり日も暮れ林の中は真っ暗だったが、その家はほんわりとあたたかな光をたたえていて
とてもやさしい雰囲気であった。
じりじりと近づき、様子をうかがっていると、家の最奥のあたりで雑渡が誰かに話しかける声が聞こえてきた。



「やあ、さん。どれくらいぶりだろうね? 留守が長くてすまないね」
「あら、まあ、驚いた。お帰りのご予定でしたかしら」
「起きなくていいよ、寝ていなさい」
「大丈夫、このところずっと調子もいいのですから」
「そのようだね、ずいぶん顔色がいい、でも起きなくていいよ、私がそこに寝転がるから」
「まあ」
「なんかもう、床にごろごろするとか、久しぶり」
「どんなにご多忙でいらっしゃるんです」
「わかんない。忙しいのがフツーだから」
「またいくさですか?」
「またいくさですねえ」
「わかりませんこと、殿方のお考えは」
「世のご婦人はほんと、例外なく諍いごとが嫌いだよね」
「当たり前です」
「そーですよね」
「心配しているんですよ。その包帯だらけのお身体で、新しく怪我を負っていらしても私には見分けなんてつきませんもの」
「いいじゃない。私にしてみれば、余計な心配かけずに済むほうがいいもの」
「またそんなことを」
「はい、ごめんなさいね、よく部下にもイヤな顔される」
「……困った上司なのでしょうね」
「そうね。さんのことも黙ってるし。特に聞かれないから言わないだけだけど。
 それでなくても怪我の前後のことは聞きづらいようだ」
「私のことはいいのです」
「物わかりがよすぎるのもどうかと思うよ」
「何度申し上げたか知れませんもの、私の身体ではお子様も望めませんから、どうか別の方をって」
「それもねえ、何回反論したかわからないけど」
「あなたのお子でしたらきっと部下の皆様も、忍の村の誰もが、喜んでくださるでしょうに。
 つとめも果たせずに妻だなんて大きな顔はできませんわ」
「世の奥方様のおつとめが子どもを生むことだとは、私は思ってないし」
「望まれているのですよ。あなただってお望みでしょう」
「まあ、子どもというか、若い子は好きだけどね、見ていて楽しい、未来が輝いているのがよくわかるから」
「……ですから」
「あー、さん、アレだ」
「『お互い様』ですね」
「『お互い様』ですよ」
「……そもそも、私たち、いつめおとになったのでしょう」
「さあ。そういえば、ちゃんとしてないね」
「初めてお会いして、もう五年ほどは経ちましょうか」
「そんなに経つっけ? この怪我のあと、起きられるようになって、忍者隊に復帰してしばらくして……だから」
「そうです、組頭のお役目を継がれるよりは前でした」
「そうか。それくらい経つね」
「そうです」
「相手を探しようもない、いつ死んでもおかしくない怪我人と病人がいるから、いっそのことまとめちゃえって話だったもんね。
 最初会ったときも、さん発作起こして死にかけてたし」
「瀕死の床で、包帯だらけで黒ずくめのお姿を初めて見たときは、とうとうお迎えがきたのかと思いましたわ」
「ははは」
「死の淵を踊るもの同士、そういう意味でしたら似合いでしょう」
「なんか結局、発作が起きたとか怪我が化膿したとか、痛いとか痒いとか苦しいとか、それでなければいくさだなんだと、
 こまごました騒ぎがずっと重なって、なんとなーく五年だっけ? 経ってるね」
「別に格式張った儀礼なんて必要ありません、今更ですし」
「ほんとに欲のない人だね」
「身の丈に合わないことを望まないようにしているだけです」
「夢を見てもただの妄想に終わるんだと思うとむなしくなることあるもんね。わかるな」
「まさか。あなたほどのお方なら、お怪我などものともせずに済むでしょう。
 私はそうはいきません、病弱な身でも価値があるなんて誰も思いませんもの」
「価値があると思ってるよ、私がね。ごろごろしに帰ってくるにはほんとにいい場所だ。
 この家ね、入ると眠くなる」
「それくらいお疲れでいらっしゃるのでしょう」
「うん、働き過ぎだと思う。労働基準法とかあればいいのに……でも、けんか好きの殿が私はわりと気に入ってたりしてね」
「殿を?」
「うん、無茶言うから。人の話聞かないし。その無茶をどうにかする過程がけっこう楽しい」
「……退屈をしておいでに見えますけれど」
「……そう?」
「ええ」
「……やっぱり」
「なんです?」
「年に数回会うくらいでも、さんはちゃんと私の奥さんなんだなと思って」
「なにゆえそう思わしめたのでしょう?なにも心当たりがございませんけれど?」
「退屈そうだって言ったから」
「……山本さんも仰るでしょう」
「あ、うん、そうだ、言われたことあるな」
「あなたのこと」
「ん?」
「皆さんよく見ておいでですのよ」
「……そのようだね」
「部下の方にも、私ただの一度もご挨拶できたことがありません。
 山本さんはたまにお寄りくださいますから、あなたより頻繁というほどお会いしていますけど」
「嘘ぉ」
「本当です」
「知らないよ。初めて聞いた」
「気にかけてくださっているのです、あなたにも私にも危険な変化がないかどうか、
 見えないところで橋渡しをしてくださっているのですわ」
「へぇ〜……気づかなかった。ちょっとショック」
「ありがたいことです。申し訳が立たないくらい」
「……ますます頭が上がらないや」
「お世話になり通しですね」
「ほんとに」
「此度のお休みも、山本さんのご配慮なのでしょう?
 あなたご自身なら、ご家庭がおありの部下の方をあることないこと言いくるめて休ませるでしょうに、
 先手を打たれたのでしょう」
「……仰るとおりで」
「いつまでこちらにいらっしゃるのです」
「明日と明後日かな」
「そうですか。少しは休まりますね」
「そーだね……いっぱい寝よ」
「たまにはよろしいのでは?」
「うん」
「私も、調子がいいときでよかったです。年末年始ですし、せっかくあなたがお帰りの際ですから」
「……本当に元気だね、珍しいくらい。こんなに喋り続けて息も切れてない」
「そうなんです。逆に、死ぬ前の気まぐれかしら?
 よく言いますでしょう、人間、死の前には無意識にその人らしくない言動をしたり、妙に元気になったりすると」
「やめてよね、そういう話」
「あなただって。山本さんのご配慮とはいえ、珍しく年の瀬にまともにお帰りになって、心配だわ。
 来年のお仕事、無理をなさらないでくださいましね。新年早々に大雪が降る程度で済めば万々歳です」
「そう言われちゃうとそうだけどさ」
「私が病で死んでも天命です。あなたがいくさで見罷るのは人災によるもので、とても納得のいくものではありません」
「んー……まあ、いいじゃない……
 元々そういうひとたちが一緒くたにされただけの、
 いわばいつどうして死んでもそういう奴らだって前提で夫婦になった私らなんだから。
 理由は様々。どっちがどっちを置いて先に逝くかしれない。どうなっても仕方がない、そういう私たちなんだ。
 『お互い様』だよ」
「……そうですね。『お互い様』ですね」
「便利な言葉を見つけておいてよかったよね」
「そうですね。妙なけんかをしないで済みます。……でもね、あなた」
「はい」
「最近、私、少し欲張りなのです」
「うん?」
「むなしい夢で、妄想に終わるでしょうけれど。
 あなたの子どもがいたら楽しいなと思うようになって」
「……へぇ。どんな? 聞かせて」
「男の子ならいいなって」
「……女の子のほうが好きって言ってなかった?」
「言ってました、可愛がり甲斐がありますもの。健康な女の子がよかったです、以前はね。
 自分でできなかったお洒落や遊びを全部させて、想う方ができたら反対せずに応援してやるんです。
 きっとあなたはまるで本気を装った冗談を、『お嫁になんかやらない』とかわがままなことをね、
 子どもみたいにだだをこねて言い出すでしょうから、私は娘の味方をしてあなたと戦うんです」
「……それがどういう心境の変化?」
「……私があなたと初めてお会いしたとき、あなたはもうこの大怪我を負っていらして、
 お顔もお身体も、全身が包帯だらけのお姿でした。ですから私、あなたの素顔を存じ上げないのです」

「でも、あなたの血を受け継いだ子どもが、男の子が生まれたとしたら、
 あなたの幼い頃のご様子とか、お若い頃のお顔がわかるのかしら……と思って」
「……なるほど」

「それなら私としてはぜひ女の子が生まれてほしいなあ。
 ちっちゃいさんとか、そこらじゅう走り回るさんとか、
 くの一になるって言い張って手裏剣の練習なんかしちゃうさんとか見られるかもしれない」
「それは愉快ですね」
「しないよ、くの一になんか」
「忍の村の端に生まれた、それもあなたのお子でしたら、周りが放っておきませんわ、きっと」
「お嫁にもやらないよ」
「ほら、言うと思った」
「もう両方でいいんじゃない? 男女両方ほしいでいいよ」
「なんだかむなしくなってきました、楽しい夢だと尚のこと」
「気のせい気のせい」
「……本当にそうなったら素敵なのに」
「だからねえ、さん」
「はい、『お互い様』ですね、私の病のせいではありません」
「そう、誰のせいでもないの、子どもは授かりものと言うでしょ」
「ええ」
「今がそのときじゃないというだけさ」
「そうですね」
「だけどその日がいつか来たらと考えて」
「はい」
「少しばかりは夫婦らしいことをしようか」



長いながい、夫婦の会話につい聞き入っていた高坂と諸泉は、このときやっと我にかえった。
護衛という言い訳が正当に立つとしても、軽々しく覗き見てよいわけがない。
そして、色恋話や夫婦の話であるといってからかって問えることでもない、
それが二人の会話からは痛いほどよく伝わってきた。
慌てて場を離れようとした二人の部下の気配に、実のところ雑渡は最初から気がついていたのだが、
ひとまず放っておこうと考えた。
部下たちの思い巡らしたことの発端に、複雑な心配があるということを彼自身がよくわかっていた。
それでなんとなく、無下に退けることをせずにきてしまったのである。

半身を起こし、口元を覆う頭巾をゆるめて、彼はほとんど年中寝たきりの妻に口付けた。
病のために髪も目も肌も唇も渇きがちな、痛々しく痩せた身体の女である。
それでも雑渡にはこの妻が、それなりに愛おしく可愛らしく思われた。
己の言う「お互い様」という語の含む殺伐さを、この女はよく理解し受け入れた。
本気のような冗談、冗談のような本気、言葉の中でどちらがどれほどの意味を占めているかを
ほとんど正しく共有できる、そういう女は少々珍しかった。
妻の言葉を借りるならば、互いに死の淵を危うく踊るもの同士、だからだろうか。
軽口を交わすようにあげつらったむなしい夢も、いつか冗談ではなく本当にしてみてもいいねと、
口には出さないが時折思ったりする。
こんな想いまでこのひとは共有していたりするだろうかとふと思うが、これこそは雑渡ひとりのみる夢だろう。
いつか本当にと思っていても、出しゃばってはいけないという反論を一緒に抱えているのがという女なのである。
そういうしおらしさも端から端まで痛々しくて、そこは少々気に入らない。
己の思いやりやら愛情やらを、信頼されていないような気がして。

「目を瞑ってよ」
「え?」

薄目を開けたままだったことに妻は気づいていなかったらしい。
どこか眠そうな目である。
こんなに喋り続けたのは久方ぶりだろうから、仕方がないのかもしれない。
雑渡は笑いながら、妻の目を包帯だらけの手で覆った。
妻は可笑しそうに声を漏らす。

「続きがなくて、ごめんなさいね」
「続き?」
「夫婦らしいことの」
「ああ……」
「来年の目標は、そういうことができるくらい回復すること、にしましょうか」
「おぉ、それはいいね」
「今の具合を保てれば、かなり望みがあると思うのです」
「そうだね。期待しちゃうよ。期待してるから、来年の仕事は私も張り切ろっと」
「まあ、調子のいいこと」
「とりあえず部下たちをしごくって決めているんだ。気配の消し方とかなまってる。聞いてないふりとか」
「忍には必要な技術だと言いますものね」
「うん、でもまあ、年が明けたらでいいや。休みのあいだはダラダラして奥さんに甘えることにしよ。
 身体の負担にならない程度でいいから、ちょーっとヤラシイこともさせてくれたら最高」
「……ひとまずはお着替えとお食事をなさったらいかが」
「時間が勿体ないんだけどなあ。そうだ山本も言ってたもの、楽しい時間はすぐ過ぎるって。
 だからさあ、」
「いけません」
「ちぇ」
「妻とは口うるさいものなのですよ。御存知なかった?」
「よぉくわかったよ、今まさに」



かすかに笑い声が聞こえたのを背に、高坂と諸泉とは今度こそその家をあとにした。
二人の帰りを他の部下たちは今や遅しと待っていて、顛末のすべてを話すようにせっついたが、
二人は頑なに口をつぐみたがり、詳細を語って聞かせようとはしなかった。
やっと部下たちが聞き出せたのは、我々の追跡と部下一同の思惑がばれているから、
新年の鍛錬は組頭の仕返しと八つ当たりが混じってさぞかし熾烈なものだろうということ。
そして、己ら部下一同が組頭を慕うのと同じくらいは深々と、奥様という方は雑渡昆奈門というひとを想っている、
お二人はとても睦まじいお姿であった、ということだった。
悲喜交々にわき返る忍たちを見渡しながら、高坂と諸泉はうまく言えずに飲み込んでしまった想いを
のどの奥に苦しく持て余した。

あのふたりのあいだに横たわる想いも、それはまぎれもない愛情なのだろう。
思いやり深くいたわり合い、遠慮のない言葉を交わし、夢をみて、楽しげにそれを分かち合う。
その夢の叶わないことも、互いの命の儚さも、腹の底で同じ思いで分かち合っている。
見つめていた彼らには、その睦まじさがどこか悲しく映ったのだった。
あきらめの果てにあるのに幸せそうに笑いあうその光景が、悲しくて、かなしくて、苦しくなって──

彼らは何も言わず、唇を噛みしめた。


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