この頃の放課後、きり丸はやたら付き合いが悪いな、というのが六年は組一同の共通の印象であった。

誰もそう言い合ったわけではないが、皆が同じことを考えていて、

全員がそう思っているということをちゃんと知っていた。

知らないでいるのはきり丸当人だけである。

付き合いが悪い裏で彼が図書委員の当番に熱心なのは知れていたので、それ以上を誰も不審には思わなかった。

最上級生へ進学して間もない春である。

まぁ六年生ともなればすでに五度目ではあるのだが、先輩風を吹かせたい年頃と言えば無理矢理納得もできよう。

しかし、ある日を境にその想定が明らかに食い違っているらしいと、は組の皆は直感することになる。

ひとりで物思いに耽るような様子を見せることが多くなり、ぼんやりしがちである。

土井師範のチョークは毎日のようにきり丸をとらえ、

先日はバケツを持って廊下に立っていろとまで通告された。

そこまで言われてやっと我にかえったように弁明をし、謝罪をし、なんとか罰は免れたものの、

山田師範・土井師範の担任両名もさすがに訝しく思うようなきり丸の変化であった。

なにがおかしいと言って、銭への執着心がぼんやりと引き替え分薄れたことがおかしい。

いったいなにがきり丸の興味を奪っているのか。

誰もそれを知らず、誰もそれに思い当たらない。

放課後、きり丸がひとりさっさと図書室へ向かうのを見送り、

教室に残ったは組の全員が目配せひとつで額を突き合わせた。

「きり丸、ぜったいおかしいよ。何か隠してるんじゃないかな」

「別に、図書委員会で特別なことはやっていないらしいし……」

うーん、と頭を抱える一同。

何か心配事ができたか、とんでもないトラブルをひとりで抱えてでもいるのか。

「乱太郎、しんべヱ、お前達なにか知らないか?」

一年生時分からきり丸と特に親交深かった二人に、話の矛先は向けられた。

乱太郎としんべヱは集まった注目にえっ、と驚き、困ったように目を見合わせた。

「……しんべヱ、なんか聞いてる?」

「ううん、全然……きり丸、なにも言わないんだもん」

僕たちだって心配してるだけなんだけどね、と二人はもごもご呟いた。

「お前達が聞かされてないんだったら、皆知らないよな」

手がかりなしかとため息がそこかしこから漏れる。

乱太郎としんべヱは役に立たなくてごめんと項垂れたが、

それでもまだ何か言いたそうにしているのを友人達は見逃してはくれなかった。

なんだよ、言いたいことがあるならと押し引き言いくるめられ、

結局乱太郎はただの推測だよと念を押した上で口を開く。

「あの、別に何か見たとか知ってるとかじゃないんだけど、きりちゃん、もしかすると……」

もしかすると、とは組の面々が口を揃えて問い返す。

「いや、あの……好きな子でもできたんじゃないかなーみたいなー……」

は組の全員が、その推測に声も出なかった。

馬鹿な冗談、安藤先生のギャグくらいタチが悪いよと言いたげなところ、

しんべヱがああっ、僕もそう思った、と付け加えたことがまるで鉄壁の裏付けのように響いた。

まさか、どんな美人でもほとんど興味を示さなかったきり丸に限って。

意外は意外であるが、よく考えればきり丸のこのところの様子は恋わずらいと言われれば思い当たる。

一同がその仮定をまず飲み込んだところで、当然の疑問が示された。

「……だ、誰だろうねっ?」

「きり丸のことだから、どっかのお金持ちの子とか……?」

「いや、学園からちょくちょく外出してるようには見えないし、学園内の誰かだよ」

「……じゃ、くの一かおばちゃん方かのどっちかだ」

おばちゃん方、は、失礼ながら言うまでもない論外である。

「くの一かぁ……え、ホントかな?」

あいつらを相手に恋に落ちるか、と疑わしげな疑問系に皆が一度は頷く。

乱太郎もしんべヱも、きり丸の想う相手とまでは予想がつかなかった。

しかし元来くの一教室は忍たまたちに比べ明らかに人数が少ない。

まだまだ子どもの低学年くのたまたちを対象から除けば、想われ人候補は幾人かに簡単に絞り込めた。

彼女らひとりひとりについて考えるたびわき起こるのは、色褪せた思い出、嫌がらせの応酬の記憶ばかりである。

悪戯好きくのたまたちも確かに今となっては粒ぞろいの一団で、

知り合いでなければうっかり誘惑されても仕方ないのではと諦めたくなるほどの成長を遂げた。

けれどよく知ったその相手に、聡いきり丸がわざわざ惚れるだろうか。

一同は様々な身勝手なシチュエーションを頭の中で演じてみたが、どうも納得いかなかった。

「……これはさ、突き止めなくちゃ」

「ええっ、それはまずいよ、きり丸にも悪いし」

好奇心に押されるものと見守りたいものがせめぎ合いを始める。

そこに意外な決着をつけたのは、学級委員長の庄左ヱ門だった。

「……突き止めるとまでいかなくても、僕たちは少しお節介になったほうがいいかもしれない。

 そりゃ、きり丸にも相手の子にも悪いとは思うけどね」

庄左ヱ門なら口を出さずに放っておくのがいいだろうと言うと皆が思っていたので、

驚きが勝り誰も反論を口にすることができなかった。

沈黙を先を促す反応と受け取り、庄左ヱ門は続けた。

「このところのきり丸の様子、ちょっといきすぎてる。

 授業には身が入らないし、実技も実習も惨憺たる結果ときた。

 僕ら今でも落ちこぼれのは組、じゃあないだろ?

 卒業前にあんまり僕らの本分から意識がそれるのは、よくないよ」

卒業までまだ丸一年近い期間はあれど、庄左ヱ門の言は相変わらず冷静で実に的を射ている。

成績が目に見えて下降しているきり丸を案じる気持ちは誰もが同じく抱いていた。

「……きりちゃんが誰かを好きになって、

 それで張り切って成績上がるなら、三禁破りも悪いことじゃないんだけどね……」

乱太郎が困った奴だ、と言いたそうに苦笑した。

「そうだよ、なにも諦めさせようってことじゃない。

 こう、生活に張りが出るというか、そういうふうに仕向けないと」

ね、と熱心そうに庄左ヱ門が先を引き取り、その場の話はまとまった。

すべての授業における、庄左ヱ門はきり丸の好敵手である。

隅から隅まで競り合った末に僅差で優劣が決まることがほとんどで、

平均すればその成績は五分五分と評価するのが妥当であった。

どうしたら奴を落とせるかと、競う分には思考を巡らせるお互いであろうに、

勝負の場からいったん離れれば小気味よいようなさばさばした友人関係に戻るのである。

己のわざに自信がある、だからお互いがお互いを高め合うことにも熱心なのだ。

万全の状態で向き合ってくれなくては張り合いがないではないか、というのがライバル同士の共通した意見である。

庄左ヱ門のさわやかなほどのきり丸に対する態度に、は組の一同は目を見合わせ笑った。

要約、きり丸には誰か、恐らくくの一教室高学年の誰かと思われるが、好きな人ができたらしい。

たぶんこのところ、そのせいで気もそぞろになりがちで、成績が落ちているのが気にかかる。

僕たちの結論としては、せめて恋愛が生活や学業に悪影響を及ぼさないように仕向けてやりたい。

やることなすこときり丸本人にはお節介だろうとわかってはいる。

それは決して、軽率な好奇心や邪推の結果の行動ではなくて。

それとなくきり丸の行動に目を光らせていよう。

相手が誰かわかったら、彼女のほうから働きかけることもできはしないか。

土井師範が聞いていれば

お前ら、授業じゃなくこんなことで意気投合してと呆れられそうだったが、

彼らにしてみれば忍たまとしての立場を危うくしている友人への助太刀ではある。

意見がまとまったところで三々五々その場は解散となった。

よこしま会議では誰もが口にしなかったが、誰もが共有していた思いがもうひとつある。

僕たちの大事な友人の心を射止めたのは一体どんな女性だろう?

行動の理由としては否定された単純な好奇心ではあったが、その元根は純粋な応援の気持ちばかりである。

一致団結、六年は組(マイナス一名)。

皆が同じことを考えているとは誰も言わなかったが、皆がそれを知っていた。



片恋の花  五 〜舞台裏捜査 六年は組、邪に推し量る〜



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