雪月花に結ぶ 冬休み・中編
大晦日の夜、
いつもならなんてことのない潮江の家と屋とのあいだの距離を埋めるのに普段の数倍の時間をかけ、
文次郎がやっと藍ののれんをくぐったとき、はすでに支度を万端整えた状態で文次郎を待っていた。
年の瀬は菓子屋の書き入れ時。
屋はつい先頃まで客を迎えていた様子で、厨も店頭もてんてこ舞いだったようである。
も借り出されて忙しかろうと、屋を手伝いに出ようかと思い立った今朝方、
文次郎はしかし自宅と自室の大掃除をするようにと引き留められてしまった。
そう言って文次郎にハタキを押し付けたのは潮江の家に長いこと奉公している女中のひとりで、
まだ年若いものの文次郎には姉のようにも思える相手であるため、幼い頃から頭が上がらない。
渋々部屋と家の片づけを手伝ううちに、作業には貴重な男手であると文次郎には次から次と力仕事が回されて、
まるで一家の跡取り息子とは思えぬような扱いを一日いっぱい受ける羽目になった。
そもそもが主従の境目のゆるい感のある家である。
久々に帰ってきた一人息子にこの仕打ちかよと抗議をすると、両親にはのほほんと、
久々に帰ったときくらい家と使用人に尽くすのがあるじというものよと返され、ぐうの音も出なかった。
家中の片づけが一段落してぐったりとしているところへ先程の女中がなにやら抱えてやってきて、
またなにかやらされるのかと思いきや部屋の中央へ立たされて、
新しく誂えてくれたという着物の寸法を合わせてもらうことになる。
手足がにょきにょき伸びたこと、丈や裄を長めに仕立てておいてよかったと、彼女はにこにこしてみせた。
今夜は屋のお嬢さんと御一緒にお詣りなのでしょう、それには間に合わせますからと言われ、
文次郎は内心すっかり照れ入っていたがぶっきらぼうに頷いた。
日が暮れた頃にはさすがに寒さが満ち満ちていたが、一日中雪の降ることもない晴天で、
足元も人の往来で踏みならされて多少は歩きやすくなったといえる。
それでも用心して歩くだけで足の動きはぎこちなくなり、意識は足元に集中し、
目の前に迫った他の通行人に気付かずぶつかりそうになったりもする。
自分がこんな状態ではを連れて歩く、石段をのぼっていくなどやはり難関以外の何ものでもないと文次郎は思ったが、
が楽しみに待っていると笑った顔にはどうも逆らうことができない。
待ちわびた様子で文次郎を出迎えたを見ると、やはり抵抗する気持ちが弱まりがちになる。
無理そうだったらすぐに引き返すぞと文次郎は念を押し、はそれにうんと頷いたが、
その表情から察するに引き返す気などはチラとも持ち合わせていない。
夫妻から気をつけてねと見送りを受け、文次郎はの手を引いてあの神社の石段を目指した。
「ああ、今日はほんとに忙しかった。
お菓子がね、最後のひとつまで全部売れてしまったの。年末年始は本当に大変」
「老舗の名店とくれば、今こそとばかりに皆が足を運ぶだろうからな」
「でも、明日からお店はしばらくおやすみだから、店の皆もきっと少しは休まるわ。
文次郎は何をしていたの?」
「……家中の大掃除をやらされた」
「たまにはいいのじゃない?」
「お前まで言うか」
こっちはこっちで大変だったんだぞと軽く愚痴ると、はくすくすと可笑しそうに笑いを漏らした。
嬉しそうに微笑みながら、繋いだ手を握り直し、文次郎の肩に擦り寄るように頭を預ける。
とのあいだにこんなに身長差があっただろうかと、文次郎は今更のように考えた。
着物を合わせた先刻、大きめの寸法にしておいてちょうどよかったと言われたことを思い出した。
年を経てが少しずつ大人の女らしく成長をしていることばかり目についていたが、
それは自分も同様であったらしいと初めて思い当たる。
も文次郎のことを、会うたびに別人のようだと思ったことがあるのだろうか。
頬が熱くなってくるのが、いやに強烈に感じられる。
あたりの寒さのせいかもしれない。
「足はどうだ」
「だから、平気よ。心配症」
「……これ以上、なにかあってはほしくないからな」
「大丈夫よ」
言葉を保証するように、は文次郎の手を握りしめる細い指に力を込めた。
通りには意外なほどに人がいなかった。
神社には煌々とあかりがともっているが、人はそこにもちらほらと行き交うばかり。
この寒い夜に出てこようというのはよっぽどの物好きなのかもしれない。
例年になく深く積もった雪の存在感は圧倒的であった。
あたりを支配しているはずの宵闇さえも、雪の白が吸い込んでいくように思われる。
己らの足が雪を踏みしめる音がやや滑稽にぎゅうぎゅうと耳に届く。
高い空には星が瞬き、雲ひとつなく澄み渡っている。
寒さのため、あたりをただよう目に見えぬなにかまで凍ってしまったかのように、
この空間はただキンと引き締まった様相で空高く突き抜けていた。
「雲のないときは、冷えるのですって」
「今夜が今冬、いちばん冷えるかもしれんな」
「まだ冷えるわよ。
ねぇ、忍者の人って、冬の寒さの厳しいときも、仕事のときは我慢しなくちゃいけないのよね?」
「そりゃそうだ。だからな、なんだ忍者の人ってのは」
「文次郎も無理しちゃだめよ。忍のお仕事は私にはよくわからないけど」
「……知らんでいいぞ」
面倒ばかりだと、文次郎は素っ気なく吐き捨てた。
はよもや、幼き頃よりの馴染みである同い年の文次郎が、
必要とあらば情け容赦なく人の命もその手にかけるなど、想像することもないだろう。
調子のよいことを思うのは承知の上で、けれどにはその後ろ暗い面を知られたくないと彼は思った。
自分がどんな任務に当たることになろうとも、それは当然のことと受け止めることはできる。
けれどそこを抜け出したとき、はただ自分を迎えてくれるあたたかな場所であって欲しい。
忍の任務の奥深くと、とを関連させようとは到底思えなかった。
そこを繋ぐのはただひとつ、己自身の存在のみ。
自分が口をつぐんでいれば、のいる場所はどこまでも平和、文次郎の願う未来の姿とはそうしたものだった。
愛おしいと思いながらも、一緒になったあとはそれなりに距離をおくことも必要だと、だから文次郎は考える。
常にそばに置いて、いかにも大切そうに扱えば、は分かりやすい弱点になってしまう。
長い期間を町から離れ、ときどき帰るくらいがちょうどいい。
もちろん、危険の少なそうな任務を選り好みすれば、もう少しのほうに気を配ることも許されるだろう。
しかし忍を志すものとして、そうあるわけにはいかないというのが文次郎の信念である。
わかってくれとは、身勝手と知っているから、には言わない。
責めは受けるつもりでいる。
はどんな未来を思い描いていることか。
口ではわかってくれているようなことを言うが、実際に差が生じるのは当然のことだろう。
まだ先の話とわかってはいるのにそのときが、に飽きられてしまう日が、文次郎には恐かった。
ゆっくりゆっくりと、の足を気遣いながら歩いて、やっとたどり着いた石段のふもと。
この寒さの中、あまり長い時間を外に居続けるのも厳しいものがある。
しかし本人はそう気にもならない様子で、石段に挑むつもりでいるようである。
「誰もおらんな」
「みんな朝に来るのでしょ、きっと」
すいていていいわよと、は笑った。
石段にも雪は薄く積もっており、文次郎達と同じ物好きたちの行き来した足跡が複数残されている。
ただでさえ段ひとつの踏み面の奥行きは狭いというのに、そこに雪が積もって踏み固められたとなると、
その表面にはでこぼことした起伏や傾斜ができる。
何度も踏まれた場所は固められて凍った如くの表面となり、それだけで思いも寄らぬ拍子に足をとられる。
文次郎の内心には、あの記憶がまた苦く甦りつつあった。
何度振り払ったつもりでいても、克服したつもりでいても、どうしようもないときもある。
秋の祭のときはまだよかったが、今宵はよりいっそうの注意が必要だ。
繋いだ手に、わずかばかり力を込める。
この手は、絶対に離さない。
人のいない石段を、二人は前後してのぼり始めた。
柔らかい雪を踏めばきしりと鳴り、足元が少しばかり沈む。
は先程から、その感触を楽しんでいるようだった。
「ねぇ、文次郎は、何をお願いするの?」
「は?」
「神様に」
「ああ……別に……」
のこと、この石段のことばかりに気をとられ、願い事には意識が及んでいなかった。
「お前は。なにかあるのか」
わざわざこの寒さの中、暗さの中を来たがったのは、なにか根拠もあるだろう。
思って聞くが、は意味ありげに微笑んで、さぁ、どうでしょうと言いたげに小首を傾げてみせる。
「ひみつ」
「人には聞いておいて自分は秘密かよ」
呆れたように息をつくと、その息が白い色を帯びてふわりとあたりにただよった。
しばらく黙々と石段をのぼり続けていたが、が一段下でまたなにか話し始める。
「文次郎は、ここでおまつりしている神様が誰か、知ってる?」
「知らん」
「なぞなぞです」
「知らんて……」
言いながら、文次郎は一応思考を巡らせた。
場所が神社であるから、八百万の神の誰かだろうとは思う。
神話など大昔に歴史の一端で習った覚えがあるだけで、その内容も仔細に渡ったわけではない。
これが長次あたりだったら読書で蓄えた知識でもあるのかもしれないが、
生憎文次郎が最近手にした本と言えば兵法書に火器銃器の専門書籍。
ついでに言えば忍たまの友と会計委員達の帳簿くらいのものである。
「なんかヒントくらいあるだろ」
「ええとね……」
は考え込む素振りでしばらくうーんと唸り、そろそろと続けた。
「ふたりいます」
「それだけではわからん」
「男の神様と女の神様」
「それから?」
「まだ言うの?」
の声は不満そうに聞き返したが、更なるヒントを練るべくまた考え込んだ。
「その神様達は、夫婦です」
「国産みの神か」
「もう。ここまで言ったらわかっちゃうから言いたくなかったのに」
ばか、とちいさく罵られ、しかし文次郎はくすぐったそうに笑った。
「しかし神の名までは知らん。お前、よく知っているな」
「秋の祭礼のときに、立て札の説明を見たの」
イザナギとイザナミの夫婦神よと、は続けた。
聞けばああ、と思い当たる名だ。
天沼矛で混沌とした大地をかき回し、その先からしたたり落ちた雫が国をかたちづくったという。
産んだ大地に降りたって、その二神は結婚し夫婦となったが、
この二神のエピソードは夫婦の物語と思うと結末が壮絶すぎる。
夫婦となってからの二神はさまざまな神を産み続けたというが、
火の神がうまれたとき、妻であるイザナミに火が移り、結果彼女は命を落としてしまう。
死して黄泉の国に旅立ったイザナミを恋しく思ったイザナギは妻を追って黄泉の国を訪ねるが、
決して見るなと言われたその場、誘惑に負けて暗闇に灯りをともしてしまう。
そして妻の身体にウジのたかった姿を目の当たりにし、恐怖したイザナギは逃げだし、
一方のイザナミは夫に恥をかかされたと憤慨して逃げるイザナギを追いかける。
妻を恋しがって死の国まで訪れた夫が、最後には妻に追われ逃げるというとんでもない結末である。
愛したはずの女が自分を追う鬼に化けるというのは恐ろしい話であるが、
女というものは、たとえば愛のために、思い詰め鬼にもなろうということはあるのかもしれない。
古き人々の考え方の反映であろうが、神話の語り部は男を優位とし、女は従うものと定めがちである。
しかし、一歩後ろを歩くにしても、学園で散々な目に遭わされてきたくの一教室の娘達にしても、
文次郎のまわりにいる女達の強いことといったらない。
これは教訓だろうと文次郎は思う。
女の扱いには決して長けた己ではないが、絶対下手を打ってはならない、そればかりは肝に銘じている。
忍としての教育を受ける間に、そんなようなことも習わないでもなかったし、
くの一達と渡り合うあいだに自然と学んだと考えることもできる。
そんな恐い神々を祀っているとはなと、文次郎は呟いた。
は目を見開いて、違うわよと答える。
「イザナギノミコトとイザナミノミコトは、縁結びの神様なのよ。何が恐いというの」
「最後、女の神のほうが追っかけてくるだろ! 恐ぇっつーの」
「見ちゃだめって言ったのに見たのよ!
醜い姿をしているから見ないでって言ったのに、それはイザナギノミコトのほうが悪いのよ」
女心をわかってないわ、失礼しちゃうとは拗ねてみせる。
文次郎は恐る恐る、肩越しにを見下ろした。
「……お前も、俺のしたことが気に障れば、追ってくるのか」
「……足が速ければね」
はまだ拗ねたような目で文次郎を睨み上げた。
は何気ないつもりで言っただろうが、文次郎にはその簡潔さのそれ以上に衝撃となって聞こえた。
それに気がついて、は気遣うよりは呆れた顔で言った。
「文次郎、まだ気にしているの、いい加減しつこいわよ」
「……すまん」
俺もそう思うと、文次郎は呟いた。
は気にしない様子で続ける。
「好きな人が会いに来てくれたら、嬉しいものでしょ。
いちばんきれいな姿でいたいと思うのに、デリカシーがないと思うの。
見ちゃだめと言ったら我慢しなきゃだめなのよ、わかった、文次郎」
「……見るなと言われるとだな」
「だめ」
修行が足りないとでも言いたそうに、は首を振って見せた。
なんとなく言い返せず、やりこめられた格好で文次郎はまた前を向いた。
石段も残すところはあとわずか、灯籠のあたまが見えてきた。
思わずほっと息をもらす。
内心の心配がそうして表面化してしまって、が気にしたのではと文次郎は一瞬ヒヤリとしたが、
は特に何も気付かなかったようである。
「ほら、もう少しだ、頑張れよ」
「大丈夫だったら」
がムキになった声で言い、ぱっと文次郎の手をふりほどいた。
「おい、ばか……」
「大丈夫よ、あと数段よ」
「その数段が……」
文次郎が慌てたそのとき、危惧していたことが起きた。
一段をのぼろうと一歩踏み出したのその足から、どういうわけか、がくっと力が抜けたように見えた。
たった一瞬にしての顔色がさぁっと引いたのがわかる。
「あ……!」
バランスを崩し、身体を支えていられなくなった足はよろけ、の身体が後ろへと傾いだ。
数年前のあの事故の記憶が、文次郎の脳裏に絵巻のように甦った。
暑い夏の夜だった。
あのとき俺がもう少しを気遣っていたら、まわりが見えていたら、手を繋いでいたら、そうしたら……
──今言っても、どうしようもないことよ。
夏休みにが言ったその声が耳の奥に響く。
この高さから転がり落ち、身体を打ち付け、痛みに襲われ……どんなにか恐かったか。
あのとき、あのとき、あのとき……
たった一瞬で文次郎は混乱に陥った。
あのときではない、今、どうして、力弱いにふりほどけるほどの力でしか、俺はをつかまえておかなかった。
長い髪が乱れ宙に泳ぐ。
倒れゆくの姿が、やけにゆっくり、目に焼き付くように視界に映る。
の目は文次郎をただ見つめていた。
その口が、悲痛そうなかたちに歪む。
(あのときじゃねぇ)
のかすれた声が、文次郎、と彼の名を呼んだのが聞こえた。
(あのときじゃねぇ、今だ……!)
文次郎は咄嗟に手を伸ばした。
その手が、数年前のあの夜にはをつかまえられなかった手が……文次郎のほうへ伸ばされたの手を、確実につかまえた。
必死に、がむしゃらに、ただ文次郎はその手を引き、の身体を両の腕でしっかり抱き留めて、
自分の身体ごと後ろに倒れ込んだ。
石段のいちばん上、文次郎がを抱きかかえたまま倒れ込んだのは、広く神社へと続く境内の端である。
ずっと詰めていた息を吐き出すと、星の瞬く夜の空に霧がかかって見えた。
たった一瞬のその出来事に、そのまま激しく息を切らす。
文次郎の腕の中で、はぴくりとも動かない。
「! 、おい……」
文次郎は慌てて、の身体を支えながら起きあがろうとする。
しっかり抱きかかえられ、は背を丸めて文次郎の胸元にしがみついていた。
「! ……」
必死で呼びかけ、はやっと、恐る恐る目を開けた。
一拍遅れて、文次郎にしがみついているその手が震え始める。
文次郎はそれでようやく、ほっと息をついた。
「よ かった……ああ、もう、お前という奴は……」
緊張していたのが一気にほぐれ、脱力していくのがわかった。
震えているの顔を覗き込む。
「怪我は」
は声も出ない様子で、ふるふると首を横に振った。
「どこも痛くないか」
今度は小さく頷いたに、文次郎はまた安堵した。
ふいに、なぜか、目頭が熱くなるのを感じる。
よかった。
あのときではない、今。
(間に合ったのか)
あのときつかまえておくことの出来なかった手を、今度は文次郎はつかまえた。
彼のほうに助けを求めて伸ばされたその手に、応えてやることができた。
は今無事で、彼の腕の中にいる。
(間に合った……)
もうなにも言葉になりそうになかった。
文次郎はそこに座り込んだまま、ただきつくを抱きしめた。
に対してずっと抱き続けていた罪悪感や後ろめたい思いが、すっと溶けて消えていくのを感じた。
が消え入りそうな声で、文次郎、と呼んだ。
文次郎は抱きしめる腕をゆるめ、の様子を伺った。
「大丈夫か」
「……ごめんね」
びっくりした、とは言い、その語尾が涙に濁った。
「泣くな、大丈夫だったんだから、いいだろう」
「でも、私、無理なこと……」
「いい、お前が、無事だったんだから、それで……それ以上、なにも、いらない」
途切れ途切れ、しかし文次郎がきっぱり言い切ったその言葉に、は涙を浮かべたままぽかんと文次郎を見上げた。
無防備なその表情に文次郎はふっと笑い、の目尻に浮かぶ涙をぎゅっと拭ってやった。
「無事でよかった。……それでいい」
は困ったように視線を彷徨わせ、やがてこくんと、頷いた。
お互いの身体にまとわりついた雪を払いあい、文次郎はの手を引いて立たせてやった。
の足は、本人は否定するかもしれないが、相当疲労している。
手を引き、そばに立って支えてやりながら、二人はやっと神社の拝殿へ辿り着いた。
がらがらと、夜の中には耳障りなほどに響く鈴は、神の気を引くために鳴らすものだという。
縁結びの神が降りてきて、柏手を打つ若い男女を見つけたとしたら、
そこにもたらされる恵みといえばひとつしかないだろう。
文次郎は熱心に願い続けるをチラと横目で見つめた。
帰り際、帰りは急ぐから背負って行くぞと文次郎は言い、もそれに素直に従った。
背負われた格好で、何を願ったのとは文次郎に問うた。
文次郎はまっすぐ前を見たまま、ぼそりと答えた。
──たぶん、お前と、おなじことだ。
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